60部分:第六十首
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第六十首
第六十首 小式部内侍
確かに母の歌は知ってはいるけれど。
それでも今その母がいるのは丹後の国。あまりにも遠くにいる。
それこそあの大江山を越えてそれから生野の道を行かなければならない。
そうしてやっと行けるもの。
自分も美しいと噂のあの天の橋立に一度は行ってみたいと思っている。けれどまだ丹後には行ったことがない。それは自分がよく知っていること。
勿論その母からの便りはなく。今お互いにどうしているのかは知らぬこと。無論歌のやり取りなぞしてもおらず考えたこともない。
それでどうして今の自分が謡ったこの歌が母の歌だと思えるのか。そのことに怒りは覚えず笑いを感じる。ついつい笑ってしまう。
そんな今の気持ち。自分の歌は母のものである。幾ら母がその歌で知られているとしても。このことをつい歌にしたくなり詠ってみた。
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
この歌を皮肉と取ってくれるのも受け流しと取ってくれるのもどちらでもいいこと。ただ母に頼んで作ってもらった歌ではなく自分で作った歌であることは今ここで申し上げたくこの歌を詠わせてもらった。それにしても思うのはその丹後の母のこと。こうして自分に疑いをかけてくれたあの人は今はどうしているのか。またのどかに天の橋立を見てその美しさを歌にしているのだろうか。そしてまたその歌が自分があの人に頼んで作ってもらった歌になってしまうのだろうか。あの人はこのことを知る由もないのだけれどつい考えてしまう。
第六十首 完
2009・2・26
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