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百人一首
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第二十九首

                第二十九首  凡河内躬恒
「おや」
「どうされました?」
「いえ、菊が」
 供の者にまずはこう答えたのだった。
「見えなくなってしまって」
「菊がですか」
「はい。あの白い菊は何処に」
 昨日までそこに咲いていた白菊を探す。しかし初霜のせいで菊は見えはしなかった。
 白い霜と白い花ではわかりはしない。菊は霜の中に隠れてしまっていた。それで少し見ただけでは何処に咲いているのかわからなくなってしまった。
「これは困りましたね」
 そのことについつい微笑んでしまう。何故微笑むかというと。
 いじらしく思えたのだ。小さな菊が霜に隠れてしまっているのが。そのことを思うと微笑まずにはいられなかったのだ。思えば思うだけその気持ちが強くなり、冬の寒さを忘れて心は楽しいものになるばかりであった。
 いじらしく可愛い小さな白い菊。その菊のことを思いふと口ずさんだのは歌だった。その歌は。

心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花

 霜の中でこう詠った。冬の朝は寒いけれどそれでも心は微笑んでいた。それが歌にも出ていた。
「ゆっくりと探しますか」
「そうですね」
 供の者も微笑んでくれた。冬の静かな朝。ゆっくりとその白菊を探すのだった。時間をかければかける程いい、それだけ今の楽しみが長くなるからと。そんなふうに思いながら菊を探す初霜の朝であった。


第二十九首   完


                 2008・12・27

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