暁 〜小説投稿サイト〜
霊群の杜
書の洞
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る。当然、フレームはぐっしゃぐしゃにひしゃげた。奉は
「いやそういうことじゃねぇよ」
と、さも可笑しそうに笑ったが、親父は大慌てで俺に拳骨を振り下ろし、奉と親に平謝りに謝った。奉の親は怒るどころか、『もうお宅に出入りさせない』という親父を必死になって止めた。今思い出してもおかしいほどに。
「奉には、この子が必要なんです」
そう云われた時、何故かぞっとした覚えがある。…その声色に。


「……あの子が生まれた時にな、俺は少し気になることがあった」
眼鏡を踏んだ帰り道、親父がぽつりぽつりと語り始めた。さっきの剣幕はどこへやら。
「子供が生まれた時ってなお前、普通『子供が生まれた!』って言うだろ?順序としては、子供が出来る、名前を考える、生まれる、名前を呼ぶ、だ」
そりゃそうだろう。何言ってんだ親父は。その時はそう思っていた。
「あそこの次男坊…奉くんの時は、違ったんだよ」
興味はなかったが、一応気になるふりをする。


「………『奉』が生まれた。あの人たちはそう言ってた」


「え、それじゃまるで」
造園道具を荷台から降ろしながら、親父は深くため息をついた。
「『奉』という名前が、一番最初にきてるんだよ。あの子だけは。なんかあるぞ、玉群には。…今回のことは、お前をあの家から引き離す、いい機会だと思ったんだけどなぁ…」
「やだよ、奉は仲良しなんだ。…眼鏡壊したけど」
「あぁそうだな。知ってる。悪い、忘れろ」
あたりはすっかり夕日の朱に染まり、東の暗がりに、玉群の鎮守がうっそりと広がっているのが見えた。親父は小さく背を丸めて、また呟いた。
「……俺、あの家怖いわ」




「その眼鏡、まだ掛けてるんだな」
『眼鏡事件』を思い出しがてら、ちらっと口にしてみた。奉は豆大福をぐいと呑み込んで、にやりと笑った。
「……象が踏んでも壊れないぜ」
覚えていたか。忌々しい。
「レンズがな。…お前は説明が足りないんだよ」
俺の分の豆大福にまで手を伸ばし始めたので、すっと皿を引く。
「……こら」
「こら、は俺の言い分だ。なに俺の皿に手を出している」
「これは玉群神社への供え物だろ。それなら全て俺に権利がある」
奉はしつこく皿に食い下がる。
「俺は『奉』。玉群神社の奉る神だ」


結局、奉は俺の分の豆大福まで平らげ、書を放り捨てて、机に突っ伏して寝てしまった。奴が寝落ちた頃合いに、きじとらさんが豆大福をもう一つ、俺の皿に載せてくれた。新しく淹れたお茶を添えて。



きじとらさんに礼をして、洞を出て階段を下ると、前の方をさっきの婆さんが歩いているのが見えた。…こんな男が奉られている神社に日参なんて、その労力に対して申し訳な過ぎて泣けてくる。
 馬鹿みたいに連なる鳥居のトンネルに差し掛かった。丸
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