巻ノ五十四 昔の誼その四
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「武蔵や上野を手放すのではな」
「ですが父上」
氏規を助ける様にだ、今度は氏直が氏政に言った。家督は継いでいるがそれでも主の座には座っていない。
「徳川殿も仰っています」
「羽柴殿に従えとじゃな」
「そうです、それがよいと」
「既にです」
また氏規が言って来た。
「関白様は惣無事令を出されています」
「天下にじゃな」
「この東国にも」
これに逆らい勝手なことをすれば成敗される、秀吉が事実上天下人として行ったことでありまさに公儀の行いだ。
「若しこれに逆らえば」
「北条は逆賊となりか」
「軍勢を向けられます」
「それがどうしたのじゃ」
氏政は微動だにせずまま氏規に返した。
「西国の軍勢が来ようともな」
「しかしその軍勢は」
「西国から来ても兵糧が続かぬ」
氏政はまずこのことから言った。
「遠いここにまで来てもな」
「だからすぐに帰ると」
「籠城しておればよい」
この小田原城にというのだ。
「それでじゃ」
「関白様の軍勢は帰ると」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「何ということはないわ」
「十万を超える軍勢が来ても」
「かつて謙信公もそれだけの軍勢で来られたな」
氏政は今度はかつてのことを話した。
「そして帰ったな」
「武田、今川の援軍も来て」
「兵糧も気になっておられたしな、謙信公は」
「では」
「同じことじゃ、遠くここまで来ても帰るしかない」
これが氏政の読みだった。
「攻めてきてもな」
「では」
「行かぬ」
氏政はまたしても言い切った。
「わかったな」
「しかし」
「上洛する使者はか」
「どうしても必要です」
「父上、ここはです」
また氏直が父に申し出た、弱気そうであるがそれでも引かないことを決めてそのうえでの言葉だった。目にもそれが出ている。
「拙者が行きますが」
「御主がか」
「はい、上洛して」
「羽柴殿に会うというのか」
「そうしてきます」
「ならぬ」
氏政は我が子にはこう言った。
「それはな」
「何故でしょうか」
「御主は北条家の主じゃ」
「だからですか」
「そうじゃ、北条家の主ならな」
それならばというのだ。
「領地からみだりに出るものではない」
「だからですか」
「新九郎、御主は行ってはならぬ」
こうはっきりと告げた。
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