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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百四十三話 英雄である事とは……
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鈍い時がある。特に自分の評価に関してその傾向が強い。困った事だ。

「改革が発表されれば、皆閣下がこの改革のために軍に入り、帝文の資格を取ったと考えるでしょう。閣下がそのようなことを仰っては皆が戸惑うに違いありません。改革への熱意を疑う事になるでしょう」

私の言葉を聞くと元帥はうんざりしたような表情で口を開いた。
「やれやれです。地位が上がるにつれて自由が少なくなる。だんだん自分が自分ではなくなっていくようです。うんざりですね」

「お辛いとは思います。しかし、元帥には私達の支柱でいていただかなければなりません。どうかご理解ください」

そう言うと私は頭を下げた。私達はこの人を必要としている、いや帝国は元帥を必要としているのだ。希代の英雄としてのこの人を。心配なのは最近疲れているように見えることだ。その事が周りに不安を抱かせている。

これから先、帝国は改革という未知への航海に船出することになる。その時、船を導く案内人が疲れていれば乗組員はどう思うだろう、自分たちの進路に疑問を不安を持ちかねない。その事は改革を失敗に追いやりかねないのだ。元帥は疲れを見せてはならない。

「……支柱ですか」
元帥がぽつりと呟いた。私の言う意味が分かったのだろう。寂しそうな声だった。私は頭を上げる事が出来ずにいる。

自分がいかに惨い事を言っているか分かっている。人間である以上、疲れることも嫌気がさす事も有るだろう。それを許されないということがどれだけ辛い事なのか……。

しかし、私達にはこの人が必要なのだ。強く、迷いの無いこの人が。誰かが言わなければならない。私は元帥の顔を見ることが出来なかった。頭を下げたそのままの姿で元帥に答えた。

「そうです」
「私は疲れる事も戸惑う事も許されないのですね、ケスラー提督」
「……そうです」

沈黙が落ちた。元帥は何も言わず、私は頭を上げる事が出来ない……。どれほどの時間がたっただろう。目の前にある元帥の手に何かが落ちた。涙? 思わず顔を上げて元帥を見る。

涙が溢れていた。元帥の目から一筋、また一筋と涙が流れる。声も出さずに元帥は泣いていた。茫然と焦点の合っていない目で涙を流している。



気がつけば私は司令長官室を出て廊下を歩いていた。やらねばならない事だった。それでもあんな姿は見たくなかった。やりきれない思いに壁に腕を思い切り叩きつけた。どこからか呻き声が聞こえる。自分の口から出た呻き声だった。いつの間にか私も泣いていた……。




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