第五章
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「ワーグナーの世界に」
「どういうことですか?」
「ワーグナーの世界は一度入ると出られないんだよ」
「そうなんですか」
「ヒトラーは十一歳の時にローエングリンを聴いたんだ」
「あの作品をですか」
「彼が言っているんだ」
そのヒトラー自身がというのだ。
「それからだったんだ」
「死ぬまで、ですか」
「彼はワーグナーの世界にいたんだ」
「じゃあ僕も」
「ヒトラーと言うと聞こえは悪いけれど」
それでもというのだ。
「他の作曲家や作家達も同じだよ」
「ルートヴィヒ二世もですね」
「そう、彼もね」
その世界を再現した城まで建築させたこの王もというのだ。
「十六歳の時にローエングリンを聴いて」
「あの人も死ぬまで、ですね」
「謎の死を遂げるまでね」
この死については今も様々な説が唱えられている。
「終生愛し続けていたんだ」
「あの人はワーグナー本人にも会ってますね」
「わざわざ自分の国に呼んだ程だったからね」
借金取りに追われている彼をだ、その莫大な借金の肩代わりまでして。
「そして色々あったけれど交流はワーグナーの死まであったよ」
「その時まで」
「そう、あったから」
だからだというのだ。
「彼はワーグナーの素顔も知ったうえでね」
「ワーグナーの音楽を愛していたんですね」
「そうだったんだよ」
「ワーグナーの世界にですか」
「終生いたんだ」
「じゃあ僕も」
「そうなるね」
こう笑って言うのだった。
「君も」
「ですが僕は」
「まだ、というんだね」
「はい、そこまで深くは」
「いやいや、充分だよ」
「充分ですか」
「既にね」
それこそというのだ。
「彼の音楽を全作聴いたね」
「はい、初期の作品も」
「リエンツィ等もだね」
「そうしましたけれど」
「それなら充分だよ」
笑ってだ、プロホヴィッツに言うのだった。
「君もね」
「ワーグナーの世界に入った」
「ワグネリアンだよ」
そうなっているというのだ。
「そしてそのままね」
「死ぬまで、ですか」
「ワーグナーの世界にいるんだ」
「そうなったんですね」
「だからね」
それ故にというのだ。
「君はこれからどんどんワーグナーについて調べて」
「音楽もですね」
「聴くことになるよ」
まさに終生というのだ。
「まさにね」
「そうですか」
「バイロイトに行きたいかい?」
「はい」
目を輝かせての返事だった。
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