1話
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せないと。
身体を伸ばす。両手を挙げてその雲を包もうとするけれど、ずっと向こうの雲には手が届きそうにない。それはそうだ、高校生の時に理系科目は生物を選択していたが、地学の知識が無くともあの雲がどれだけ遠くに在るのかはよくわかる。それにしても、ちょっとクロワッサンみたいな形の雲でおいしそうだ―――お昼にはパンでも焼こうかなぁ。でも今日は、お昼はパスタを食べる予定だった。
もう一度、身体を伸ばす。つけっぱなしのエプロンの腰紐を解くと、不意にエンジン音が耳朶を打ち、ハルカはなんともなしに再びマンション直下を見下ろした。
車が止まっていた。なんという車なのだろう。漆黒の、滑らかと厳つさの中間に揺れるボディは、多分、ホンダのアキュラILXだ。
珍しいなぁ、と眺めていると、助手席―――右側のドアが開いた。
少年だった。小さな体躯はどこかひ弱で、風が吹いたらとんでいってしまいそうで。
でも、でも。
ベランダの手すりを握りしめる。
ハルカはその陽光を受けた、蒼空のような影を知っていた。
少年が見上げる。見やりはアパートをなぞって、そうして自分を貫いた。
何故かわかる。この距離では表情など朧なはずなのに、少年の素振りが何を企図したのかは手に取るようにわかる。何故なら―――いや、説明は不必要だ。
ベランダから身を乗り出す。あわや堕ちそうになることなど気にも留めずに、両手を目一杯に振る。
驚いたような素振りをして、そうして微笑を浮かべて。かつての少年の造詣と少しのズレを惹き起こしつつ、眼鏡の少年は小さく手を振った。
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