1話
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一つだった。
微笑混じりの溜息一つ。こういうのを苦笑いっていうんだろうなぁと思って、ハルカは苦い笑みを強くした。
スマートフォンは握ったまま―――もう、大学生なんだなー、と手摺を撫でた。妹たちも中学生と高校生になり、新しい生活が始まった。友人たちは遠くの大学に行ってしまい、最近会ったのは1月前のゴールデンウィークの時だ。
さらりと風が流れた。長く伸ばした髪が鋭利な柔和を孕んで、風下へと靡いていく。
―――時間は、流れていくのだ。ずっと同じ時間であることなんて、あり得ない。ずっと続くと思っていた時間はいつの間にか過ぎ越して、人はいずれ到来した時間に戸惑うのだ。
でも、それに気づいたのは何も大学進学前というわけでもない。ちょっと昔、2年という長く短い時間の彼方にも、時間の狭間での滞留があった。
停滞、そう、停滞。いくつかの流れが交錯する地点での停止、それでも先へと流れていく時間と時間の滞留。
あの時―――あの時、かつてのあの時、私は別な流れへと向かうことが出来た。今でも、その流れとともに行くことも有力な選択肢だったと思う。
悔いていない。
嘘だ。胎内に留まる違和感は、拭いきれない。
でも、この選択をして良かったのだと思う。なぜなら、その決断の確信を未だ持つことが出来ないから。あの選択の真偽を判断する術がないからこそ、この選択をして良かったのだと思う。それで、妹たちが笑顔で居てくれるなら―――。
ベランダの縁に肘をついて、身を任せて眼下へと広く視線を流していく。
家。街。山。眼下に敷き詰められた人間の生活圏には、きっと、いくつもの時間が滞留しているのだ。時に早く、時に遅く。流れの中で、人間たちは時間となっていく。注意深く耳を傾け―――それは器官としての耳ではない。体内のずっと奥あるいはずっと手前にある耳―――、傍らの元で自らを時間化するのだ。
南ハルカは時間になったのだ。ただ彼女たちのために姉であることを選び取ることで、南ハルカは南ハルカという何者かへと生成し、南ハルカは自分を殺戮することで南ハルカという何者かへと変化した。南ハルカは、自らを可変させることで南ハルカに成ったのだ。ハルカはそれを小賢しい知識で「実存」、と名付けることも出来たし、ちょっとだけそれを考えたが、まだ止めておくことにした。やっぱり、そういう肩を張るような雰囲気は、自分には似合わないと思う。
手を伸ばす。ずっと離れていたはずの街並みは、そうするとすぐに触れられそうだ。
でも、まだその時ではない。早朝の街並みはまだ眠たげで、手で撫でるとなおさら気持ちよさげに眠りこけるばかりだ。
だから、ハルカは天上を仰ぎ見た。子どもが絵の具で塗りたくったそのままの空には、分厚い白雲が重く横たわっていた。明日は、雨だろうか。だとしたら、洗濯物は早く済ま
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