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硯の精
第三章

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「そうですが」
「書は嘘を言わないわ」
「嘘を、ですか」
「その人を見せてくれるわ、だからね」
「今から私の字を観てくれてですか」
「貴女も見せてもらうわ」
 是非にというのだった。
「これから」
「それじゃあ」
「私は書道はしないけれど」
 奈々も言ってきた。
「一緒にいるわね」
「そうしてくれるの」
「ここまで連れて来たから」
 だからだというのだ。
「最後まで一緒にいるわね」
「有り難う」
「いいのよ、友達だからね」 
 少なくともそのつもりだからだとだ、奈々は答えた。こうして姫は広い和室、書道教室をやっているその部屋に入れてもらってだ。座ったうえで書を書くことになった。
 硯と筆を用意してもらいだ、墨を慣れた手つきですってだった。それから。
 書きはじめたがだ、その字を観てだった。
 奈々は考える顔でだ、書いた姫に言った。
「私書道はわからないけれど」
「それでも?」
「上手くない?」
 こう言うのだった、書いた本人に。
「普通に」
「うん、これはね」
「これは?」
「私が書いたのとは思えないわ」
 こう言うのだった。
「だってこれ十段かそれ位の人の字よ」
「十段って」
「先生みたいな人の」
 横で正座をして見ていてくれている先生の方に顔を向けて言った。
「まさにね」
「そうなの?」
「こんな奇麗な字は」
 とてもというのだ。
「私の字じゃないわ」
「そうかしら」
「ええ、とても」
 自分はこんな奇麗な字は書けないとだ、姫は言う。だが。
 その姫にだ、これまで黙って見ていた先生がこう言ってきた。今姫が使っている硯とは別の硯を出したうえで。
「なら今度はこの硯を使ってみて」
「別の硯をですか」
「墨もあらたにすってね」
「そうしてですか」
「同じ言葉を書いてみて、何なら筆も替えて」
 こうして別の硯と筆でまた書いた、同じ言葉を。すると。 
 その新たな書を見てだ、奈々は今度はこう言った。
「やっぱり同じじゃない」
「同じ?」
「ちょっと今書いた言葉とさっき書いた言葉一緒に見てみて」
 書いた姫自身もというのだ。
「一緒よ」
「そうかしら」
 姫は奈々の言うまま自分が書いた言葉を見比べることにした、机の上に横に並べて見てみるとだった。それは。
 確かに同じレベルの出来だった、姫は子供の頃から書いてきてしかも五段だ、書を見る目もそれだけ備わっている。
 その目で見てだ、姫は言った。
「どっちも確かに」
「同じだけいいでしょ」
「そうね」
「ええ、八神さんの字は五段どころかね」
 先生がここで微笑んでだ、姫に言ってきた。
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