52.第三地獄・幽明境界
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オーネスト・ライアーは奇跡を信じない男だ。
この世に存在するのはすべてが結果であり、事実だ。だから奇跡というものは存在せず、世間一般が奇跡と呼んでいるのはその人物が勝手に排除した見えざる可能性が顕在化しているだけだ。故にこの世に奇跡はなく、そして奇跡と呼ばれる物を解析して発生原理が判明したら奇跡は奇跡でなく単なる事実として観測される。
しかしオーネストに運命を信じるかと問えば、恐らく躊躇いなしに首を縦に振るだろう。
運命。なんとも大仰で都合のいい言葉だが、オーネストの人生はこの運命とやらとの壮絶な戦いと共にあった。運命とはなるべくしてなった事実を引き寄せる巨大な流れであり、個人の意思や主張を飲み込んでしまう非情な災害。足掻いても足掻いてもオーネストはこれに勝てなかったが、決して流れに身を任せようとしたことはなかった。
それはきっと「オーネストになった誰か」の、露悪的な俯瞰で世界を生きるオーネストに対するささやかな抵抗だったのだろう。
諦め、欺くことを選んだオーネスト。
それでも抗い続けることを選んだオーネスト。
どちらもオーネストの本心であり、互いに互いを打ち消すことができないまま二つの意志は統合された。
統合の結果生まれたのは、終わりを望むのに終わりに逆らい続け、戦いが嫌いなのに戦いを望み、他人を傷つけるだけ自分も血を流す矛盾した存在。どこか決定的に自分を諦めているくせに、自分を自分でなくそうとする意志には決して譲歩する気にもなれず、運命に順う奴隷と運命に逆らう反逆者の境面を延々と彷徨ってきた。
『出来るわけがないんだよ。どうせ最後には全部なくしてしまうんだ。分かってるくせに』
8年前、喉の渇きに耐え切れずに啜った薄汚い雨水に映った小汚い少年が、膝を抱えて呟く。
『分かってる。いつだってそうなるからな』
8年後、いつの間にか居ついていた自称メイドの出した紅茶の水面に映った小奇麗な青年が、背中合わせでつぶやく。
『なのに君ってやつは馬鹿みたいに抵抗しちゃってさ。そんな半端だから、また君の近くになくしてしまうものがたくさん集まってきてる。本当に無駄で無意味で価値のない集まりだよ』
『まったくだ。どいつもこいつも人の話を聞きやがらないし考えてることも意味が分からねぇ、酔狂で悪趣味な奇人変人の寄せ集めだ』
『本当にそう思ってるの、嘘つきオーネスト?』
『――どういう、意味だ?』
8年前の少年はすくりと立ち上がり、8年後の青年を見つめた。
『心のどこかで今の君はこう思っている。今なら、って』
『今更、の間違いだろう。もう何もかも手遅れになっちまったから誕生したのが俺だろう』
『違うね。孤高で高潔を気取っていた君は、運命の流れに逆らい続けるう
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