六十四話:Zero
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てやる。
頭にノイズが走る。それはどこかの誰かの言葉。聞き覚えがあると言うよりも魂が覚えているような言葉が頭をよぎる。
「でも、そんな理想論は叶わなかった。絶望した僕はただ諦めて正反対の道を歩いて行った」
誰かを救う反対は誰かに絶望を与えること。人類を救うために人を殺し続ける。切嗣は一言も喋っていないのにアインスは何故だかそれが理解できた。
―――私の幸福はお前の傍に居ることだ。
またもノイズが走る。今度は先程よりも鮮明に、それでいて残酷に。
「でも―――間違いに気づかせてくれた人がいた」
「間違い…?」
「うん。正義の味方はね、別にみんなのため以外に戦っちゃダメだなんて理由はないんだ。誰か一人のために、少数を守るために戦うこともできるんだ」
正義の味方とは何も世界を守るだけの存在ではない。小さな家庭を守る正義の味方も存在する。家族のために努力する父親や母親はどれだけ非力な存在であろうと正義の味方だ。
「それに気付けたんだ。だから、僕は本当に守りたい人のためだけに戦った」
老いぼれた老人のような瞳に若々しい炎が宿る。人というものは不思議な生き物だ。何かやりたいことがあれば老人であっても若々しい。逆に何もない無為な人生を送るものは二十年生きただけで古ぼけて擦り切れた存在になる。切嗣は本当にしたいことを、答えを見つけることができたのだろう。
―――私は一人の女性としてお前を愛しているからだ。
今度はノイズではない。明確な記憶として浮き上がる。何度生まれ変わることがあっても消えぬ愛の記憶。
「そうして僕はただ一人のための―――正義の味方になれたんだ」
満足気に語る男の姿に不思議と涙が零れてくる。それは嬉し涙だ。愛する者の願いが叶ったことへの祝福の雨。
「アインス…? どうしたんだい」
突如泣き出したアインスに驚き近づく切嗣。その胸にアインスは飛び込む。思わず固まってしまう切嗣を見上げてアインスは悪戯っぽく微笑む。
「それで、お前はこれからどうするんだ? ただ一人の正義の味方で終わるのか?」
「アインス……そうか…そうだね、もう少し欲張ってもいいかな」
彼女の変化に気づき優しく抱きしめながら切嗣は月を見上げる。
そして誓うように宣言する。
「今度は―――家族だけの正義の味方になるよ」
男の誓いは彼女の胸に届き、さらに隠れて二人の様子を伺っていた家族にも届くのだった。
〜おわり〜
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