第6章 流されて異界
第147話 温泉にて
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平地から比べると少し標高の高いこの旅館。
石鹸と、温泉独特の香り。そして、豊富な湯量に裏打ちされた源泉かけ流しの湯船から立ち昇る湯気が、周囲を白くけぶらせている。
まぁ、流石は現在進行形の日本式温泉旅館と言う感じであろうか。ここに華美と言う装飾がある訳でもなければ、さりとて安っぽい訳でもない。
しかし――
小さいながらも白砂と石だけで水の流れを表現する枯れ山水。
外からの視線を遮断する高い竹製の壁とその手前に植えられた植物。そして、その向こう側から至極自然な雰囲気で枝を伸ばして来る背の高い松。
この東北への道行きの天候に関しては少し雲に覆われる事もあったが、それでも本格的に崩れるなどと言う事もなく……。
その張り出した枝の上……。遙か頭上には今宵も降るような星空に、蒼の女神がその花の顔を覗かせていた。
「日常の中の非日常……と言うのは本来こう言う物であって、異世界の生命体を相手に跳んだり、跳ねたりする物じゃねぇよな」
ましてや、ひとつしかない命のやり取りをする事でもない。
露天風呂に降り注ぐ銀の光輝と、氷空を覆う溢れんばかりの星の煌めき。俺の日常と非日常の境界線にはあまりにも落差があり過ぎて、世間一般の感覚とはかけ離れているのだが……。
まぁ、偶にはこんな夜も良い。そう感じさせるに相応しい夜ではあった。
十二月二十四日。牛種の神が選び、その神によって結局は殺されて仕舞う救世主が産まれた……とされる夜。誕生日は翌日の二十五日。もっとも、実際はその年の五、六年ほど前に神の子は生誕し給われていたらしいのですが。
おそらく最初は冬至を祝った祭りを異教の祭りとして排除する為にデッチあげたテキトーでいい加減な物なのでしょう。あいつ等の得意技ですから、そう言うのは。
深いようで実は浅い知識で、汝姦淫する事なかれ、……と言う教えに真っ向から否定するしか無いような状態となっているこの国を憂う訳でもなく、ただ皮肉にそう考える俺。
あの熾烈を極めた二十一日から既に三夜。月は立待月から居待月、そして寝待月へと移行。今宵の月の出……ふたつある内の紅の方。本来、地球の唯一の衛星である方の月は、今から一時間半ほど後となる予定。
「しかし――」
十分に泡立てられたタオルを握り締めながら、自らの右手をじっと見つめる俺。
其処には、彼の夜に失ったはずの右腕……。動きは当然のように、聖なる傷痕として刻まれた紫色の痣すらも完全に再現された右腕が存在している。
もっとも、聖痕に関しては肉体に刻まれたと言うよりは魂魄に刻まれた傷痕。おそらく、今回の人生が終了するまでは、ずっと身体のアチコチに刻まれたままで生きて行くしかない。……と思う。
まぁ、肌に
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