幕間 獅子は荒野へ
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最初のワープを終えて通常空間に復帰した貨物船の隠し部屋で呆然と過ごしていた一家のうち、最初に異変に気付いたのは窓から星空を眺めていた長男ラインハルトだった。
「おいおい目がどうかしてねぇか?船はフェザーンに向けて順調に航海してるぜぇ?」
隠し通路の奥、貨物室を経て船員居住区に続くドアを小さな拳で叩いて叫んだラインハルトの前に現れたのは他でもない恩人・ウォルフガングの顔だった。だがその表情は隠しようもないほどの嘲りと悪意に満ちていた。
「黙れウォルフガング!いくら私が子供でも、フェザーンへ向かっているのかイゼルローンへ向かっているのかぐらい分かるぞ!私たちをどこへ連れて行く気だ!」
獅子の瞳で睨みつける少年にウォルフガングは一瞬、賞賛の表情を浮かべた。平民の子供なら恐怖に泣き叫ぶところだがさすが騎士の子。獅子の子と言うべきか。拍手してやるべきか数秒間真剣に考えた後、彼は思いきり笑ってやることにした。貴族はみんな嫌いだ。特にこういう、真に高貴な精神を持った貴族は大嫌いだ。
「そんな貴族様みたいな名前で呼ぶんじゃねえよ、金髪の小僧。おれにはもうちょっと似合いの名前があるんだ。まあこれから行く所じゃ人の名前なんてどうでもいいことだがよ!」
扉の脇に取りつけられた麻痺ガスの噴射装置のスイッチを必要以上に力を込めて押すと、ウォルフガングは煙の向こうの獲物に向って言った。絶望させてやろう。泣き叫ばせてやろう。この先のことをほんの少し教えてやるだけだ。別に殺しもしなければ痛めつけもしない。躊躇う理由はない。
「恨むんならマールバッハの家宰様と小才の利いた小僧どもと、どうしようもない父上を恨むんだな!潔く喉を突き刺してりゃ、家族一緒にヴァルハラに行けただろうによお!」
言葉にならない叫びと罵る声が切れ切れに聞こえ、静かになるのをゆっくりと楽しんだ後、ウォルフガングは満足の体で悪党仲間の待つブリッジに戻り、手下の一人にセバスティアンをエアロックから放り出すように言いつけた。そして自分はキャプテンシートの横にいつも置いているウィスキーを喇叭飲みしながら、ミューゼル家の二人の子供たちをどこへ売り飛ばすかを慎重に検討し始めた。
『そういや、カストロプの若殿様が若い女を欲しがっていたっけな。あの家はお高くとまっているし悪趣味だが、吝嗇でないことだけは確かだ…』
『はいはいはーーーーーーい!代役ご苦労さーーーん!早速だが、いい仕事のギャラを振り込ませてもらうぜぇ。宇宙海賊の襲撃で汚ねえ花火!どうだい最高の葬式だろう素敵だろう!』
誰かが聞いているらしいラジオの音、スピーカーから聞こえる陽気な声が大きすぎることを叱りつけようという気は起らなかった。
もうすぐ大金が手に入るのだ。ちょっとぐらい浮かれても許してやるとも。ありがたく思え馬鹿野郎。
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