第三章
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「いなくなってよかったね」
「全くだよ」
「本当に嫌な奴だったよ」
「俺あいつにいじめられてたんだよ」
「俺財布取られたことあるよ」
そうしたことをされた人間は枚挙に暇がなかった。
「遊ぶ約束もないのに勝手に家に来て牛乳飲ませろとかゲームさせろとかさ」
「図々しかったし昔のことほじくり出して言うし」
「先輩にはへいこらしてな」
「弱い奴とか後輩ばかりいじめて」
「同窓会でも自慢話ばかり」
「あんな嫌な奴いなかったよ」
本当にだ。そうだったというのだ。
「しかし不思議だよな」
「だよな。朝起きて急にいなくなったって?」
「部屋の中の私物はそのままで朝起きたら消えてたって」
「不思議な話だよ」
「こんなことってあるのかな」
大谷の蒸発はまさに謎の蒸発だった。何しろ昨日までそこにいた人間が急にいなくなったのだ。ミステリーと言う他のない話なのは確かだ。
このことは不思議だった。しかしだ。
彼がいなくなったことについてはだ。誰もが喝采だった。
実際に手を叩きさえしてだ。大谷がいなくなったことは喜ばれていた。
「もう二度と出て来るな」
「そうだ。消えて清々するよ」
「いなくなって何よりだ」
「よかったよかった」
かつての同級生達も同じだった。本当に誰もが大谷がいなくなって喜んでいた。彼がどうなったのかは誰も知らなかった。しかしそれはこの世界だけのことだ。
冥界、地獄の奥底ではだ。一匹のゴキブリ、地獄の糞尿の中で蠢くそれを何度も何度も、死んでも生き返ったそのそばから踏み潰しながらだ。赤鬼が言った。
「この虫は元々人間だったよな」
「ああ、そうだぜ」
青鬼がだ。相棒の言葉に答える。
「ここにいる虫は大抵そうだよ」
「だからこいつもか」
「人間だったけれどな」
だがそれでもだというのだ。
「その行いがあまりにも酷いせいでな」
「虫になったのか」
「畜生になったんだよ」
虫も畜生に入る。だからだというのだ。
「こいつはそうなったんだよ」
「で、今俺に踏み潰されてるのか」
赤鬼はそのゴキブリをまた踏み潰した。だが踏み潰せばすぐに生き返る。そしてまた踏み潰される。それが延々と繰り返されていた。
それを見て行いながらだ。赤鬼は言うのだった。
「成程な」
「容赦はしないな」
「鬼にそんなものあるか」
特にだ。獄卒ならばだ。
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