17話
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―――さて、たっちゃん先輩に簪さんの話題を持ち出してもいいのか?
自室の机でノートを開き、右手の掌の上でシャープペンシルを弄びながら鬼一は1人考える。部屋の明かりは最低限に抑えられており、机の上のライトとサブの電灯しかついていないため部屋は薄暗い。部屋を暗くするのは、考え事があるときの鬼一の無意識の癖だ。
今まで楯無は鬼一に対して色んなバリエーションに富んだ話題を提供してきたが、そこには1回たりとも家族に関する話題が出てこなかった。自身の家族についての話題を出さないというのは、鬼一からすれば2つの考え方が存在する。即ち、
家族を心底どうでもいいと思っている。
なによりも大切だから、触れられたくない思いが、感情が眠っているから話さない。
前者なら特に気にせずに話すことが出来るが、後者なのであれば楯無の心に土足で入り込みかねない。それは鬼一にとって避けなければならないことでもある。自身だって他者に踏み入られたくない。鬼一は家族のことを話したくないし『考えたくない』。初日だけ家族のことに触れたが、それは鬼一が自分から話したことだ。
時刻は夜8時を回った所。
部屋には鬼一がいるが同室者の楯無の姿はない。帰りが遅くなる、という内容のメールが携帯電話に入っていたからだ。
シャープペンシルをノートの上に放り投げて、空いた右手でパソコンの電源を立ち上げる。
更識 簪に対して鬼一は少々変わった印象を抱いている。一言で言うなら『自信』がない、ないように見えた。同時に思いつめたような、何かに追い詰められているような焦燥感が見て取れた。それが何から来ているのかまではいくらなんでも分からないが。
そして、姉である更識 楯無とはまったく似ていないとさえ思った。楯無は明るく気さくな印象があり、簪は内気で静かな印象がある。そして簪には人を遠ざける、近寄らせない雰囲気があった。相手が鬼一でなければすぐに姿を消していただろう。
電源が立ち上がったパソコンを操作して、日本の代表候補生に関するページが表示される。複数の顔写真の中には簪の姿もあった。
―――……代表候補生、にも関わらずなんであんな自信がない、弱い雰囲気なんだ? 今まで見てきた代表候補生はみんな自信とプライドに満ちているのに。
能力はあるんだろう。競争の激しい代表候補生に能無しがなれるはずもない。そして身内に国家代表がいるといっても、それとこれとはまた別だろう。しかし、更識 簪には競技者として致命的な欠陥があると鬼一は見ていた。
他者との競争において最後に求められるのは、ギリギリの極限状態の人を壊しかねないほどの強大なプレッシャーの中で実力を出し切ることや、意地でも勝利に食らいつこうとする極めて強力な精神力が問われる。
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