第三十一話 研修先でもその十二
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「仮名手本忠臣蔵っていいましてね」
「ええ」
「それだと大石蔵之助が大星由良之助になってまして」
「誰でもそれが誰のことかすぐわかる名前ね」
「で、浅野の殿様が塩谷判官で」
「成程」
元々兵庫の人間なのでこれはわかりました。赤穂藩は塩で有名だったからです。それにしてもこれまた随分丸わかりな名前です。
「それで吉良さんがですね」
「誰になってるの?」
「高師直なんですよ」
「あの足利尊氏の家臣だった人よね」
「はい、その人です」
これもわかりました。吉良といえば高家です。そこからきたんだって。それにしてもよくここまで丸わかりな設定にしたものです。
「その人になってるんですよ」
「それで服は江戸時代なのね」
「面白いですよね」
「面白いっていうか物凄いわね」
絶句しそうでした。話を聞いていて。
「そこまであからさまだと」
「忠臣蔵って結構幕政批判が入っていまして」
「そうなの」
「はい。それもあってこうやって名前を変えたんですよ」
けれどそこまであからさまだとあまり名前を変えた意味がないような。
「違いますよってことで」
「あまり意味ないような気がするけれど」
「僕もそう思いますけれどね」
これは阿波野君も同じでした。
「まあそれはそれってことで」
「気にするなってことなのね」
「歌舞伎は考えるんじゃなくて楽しむものですよ」
「そうなの」
今まで芸術やそういうものだとばかり思っていましたけれど阿波野君の今の言葉はかなり新鮮でした。それを聞いて思わず目を丸くさせてしまいました。
「楽しむものなの。歌舞伎って」
「じゃあ何の為に観るんです?」
「何の為って。やっぱり」
そう言われるとやっぱり。思っていることを口にしました。
「あれじゃないの?芸術で」
「娯楽ですよ。歌舞伎は」
今はっきりと娯楽と言ってきました。
「それ以外の何でもないじゃないですか」
「そうなのかしら」
「歌舞伎だけじゃなくてオペラだって京劇だってミュージカルだってそうですよ」
話の範囲をかなり広くさせてきました。
「全部。娯楽じゃないですか」
「オペラもそうなの」
「全部楽しむ為に観るんですから」
そうその揚巻の格好で私に話すのでした。
「娯楽ですよ。違います?」
「それは」
そう言われるとそんな気もします。何か阿波野君の言葉って何でもないようなものですけれどそれでも妙に説得力もあったりするから不思議です。
「そうなのかしら」
「はい。ですから先輩もですね」
「私も?」
「楽しまれたらいいんですよ。歌舞伎とかもね」
「滅多に観る機会ないし」
「本を読むだけでも楽しいですよ」
私が首を傾げるとこう言ってきました。
「それだけでもかなり」
「そういうものなの」
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