巻ノ四十八 鯨その二
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「苦しそうではないな」
「うむ、酒を馳走になったが」
「とことんまでは飲んでいないか」
「二日酔いになってはどうしようもない」
十勇士に言ったことを船頭にも言う。
「だからな」
「途中で止めたか」
「そうした」
実際にというのだ。
「それでじゃ」
「苦しくないか」
「頭は痛くない」
「わかっておるな、見事だ」
「そう言ってくれるか」
「実際にな、船にも酔ってないしな」
こちらの酔いもないというのだ。
「よいな」
「そちらは心配したが」
「全員何ともないな」
「そうじゃな」
「貴殿達は山の中にいるとのことだが」
「上田のな」
「信濃だな、確かにあそこは海がなく山ばかりだが」
それでもとだ、船頭は幸村に言った。
「その中でいつも相当に激しい鍛錬を積んでおるからか」
「船がどれだけ揺れてもか」
「平気になったやもな、実際最初に船に入った時からな」
まさにその時からというのだ。
「足取りもしっかりしておった」
「揺れる船の中でか」
「揺れの動きを自然に読みな」
そのうえでというのだ。
「普通に身体の軸もその都度変えておったしのう」
「だから酔わなかったのか」
「それに身体も格別強い様じゃしな」
酔いを退けるまでにというのだ。
「だからじゃな」
「我等は酔わぬか」
「そうであろう、そして酔わぬのなら」
それならとも言うのだった。
「それに越したことはない」
「船酔いにも」
「そうじゃ、酔わぬなら楽しめるしのう」
「船旅をか」
「心おきなくな」
まさにというのだ。
「それが出来る」
「ふむ、海にな」
「陸も見えるな」
「確かに」
海の向こうの陸も見つつだ、幸村は船頭に答えた。
「緑の山が紫に見える」
「緑が集まりな」
「上田の山と同じじゃな」
そこはというのだ。
「山が紫に見えるのは」
「青い海と空の間がじゃ」
「紫の山か」
「それが瀬戸内だ」
「その景色か」
「今見ている通りな」
「そういうことか」
「船に酔っていなければな」
「万全で見られるか」
「この様にな」
まさにというのだ。
「よいであろう」
「こうした旅もいいものだな」
幸村は微笑んで船頭に言った。
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