第六章
[8]前話
暗雲漂う空の下に出てだ、そうして。
雷を待った、雷は彼の前に落ちた。
その一瞬の、凄まじい光を放って落ちるそれをだ。
岩田は見据えた、すると。
それでだった、その目の先の雷がだった。
すっぱりと刀で横に一閃された様に切れた。そのうえで。
後で凄まじい轟音が聞こえた。だが切れた分だけ音は弱まっていた。岩田の手は袖の中で組まれていて動かなかった。
その夫と雷を見てだ、おさよは言った。
「確かに見ました」
「そうか」
「はい、確かにです」
「雷を切ったな」
「手を使わずに」
「これがだ」
まさにと言うのだった。
「わしの雷切だ」
「剣はおろか手を使わずに」
「それをする、そしてな」
「そしてですか」
「わかった、これもまただ」
落ち着いた声でだ、岩田は妻に述べた。
「雷を切ったということでありだ」
「剣の道なのですね」
「そういうことだ」
岩田はここまで言うと踵を返し屋敷に戻った。妻もその夫に従った。
この話は忽ち江戸中に伝わった、誰もがこの話に驚いたが岩田は黙々としているだけだった。将軍もそれを見たいと思い実際に彼の前でも雷を切ってみせたがその時も身体は動いていなかった。そうして驚く将軍にこう言うだけだった。
「この通りです」
あくまで淡々としていた、そこには若き日の熱い願いはなかったが彼はこのことについては聞かれると言った。
「出来る様になればそれで落ち着くものだ」
こう言って日々修行を続けていた。江戸の雷の話の中にはこうしたものもある。この頃に書かれていた話の一つであるが面白い話であると感じここに紹介した。
雷切 完
2015・10・17
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