人馬の男〜小さいおじさんシリーズ8
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し聞こえる好色漢の卿があれほどの美女をただ解放したとは考えにくい。まさか…」
「………」
「その沈黙が答えか。…卿は呂布の報復を恐れていたのだな?」
「いえ。…それは違います」
ふいに白頭巾が杯から顔を上げた。
「なに、知っているのか?」
「知りません」
「なら口を挟むな!」
「何があったのかは知りませんが、貂蝉のその後ならば」
「は!?」
「見たのですよ。偶然、ほんの一瞬ですが。彼女を」
―――関羽殿の、傍らでね。
「なっ……」
「彼が関羽殿に下賜したのは、赤兎馬だけではなかった。…でしょう?」
羽扇の影で、白頭巾が口の端を吊り上げた。
「彼がこっそりと囲っていた美女が、貂蝉だったとは…我が主すら、存じ上げますまい。関羽殿も…なぁ…」
くっくっく…と、白頭巾の陰湿な忍び笑いが四畳半を満たした。…うわぁ、嫌な月見酒になったもんだなぁ…。
「はぁ…堅物と名高いあの御仁が。分からんものだなぁ」
「分からんものです。…ましてや、たった一度の酒宴などでは」
「嫌味を言うか。もう沢山だ」
端正が膝を立て、くるりと踵を返した。
「今日は徹底的に興が削がれた」
帰るらしい。何処に帰るのかは知らないが。豪勢もいつしか姿を消していた。
「―――静かになりましたね」
白頭巾が、誰にともなく呟いた。独り言だろうか。…俺に、話しかけているのだろうか。奴は誰かの猪口に酒を注ぎ、傍らに置いた。…呑め、ということだろうか。猪口に手を伸ばしても、白頭巾は俺の方を見なかった。ただぼんやりと、月を眺めていた。
「あんな面白い状況で、なぜ皆…赤兎馬呼ぶの我慢できるのでしょうね…」
逆に何故、あの状況で赤兎馬を我慢出来ないんだお前は。子供か。面倒くさい連中だな、あの時代を生き抜いてきた奴らは。どいつもこいつも。
言いたい事は山ほどあったが、何となく俺からは話してはいけない気がする。せめて先ほど手にした猪口を空にすると、俺も月を眺めてみた。彼らが生きた彼の地でも今頃、同じような月が見えるのだろうか。白頭巾が何も話さないので、俺は再び布団に潜り込んだ。
白頭巾がいつまで月を見ていたのかは知らない。
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