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銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第百六話 出撃
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ての。ローエングラム伯爵家は武門の名流、そちには荷が重かろうとな」
「……」
「爵位とか地位とかは功績の結果というのが彼らの主張でな。それも此度の戦いで勝利を収めれば不満を持つ者も口を噤もう」
「恐れ入ります」
笑いの混じった声が耳に入る。これが言いたかったのか、つまり二度と負けるな、そう言う事だな。言われなくとも負けはしない。
「伯爵家など誰が継ぎ、誰が絶やしても大した事ではないのだがな。大した事だと思い込んでいる愚か者の多いことよ」
「……」
信じられない言葉だった。俺は思わず顔を上げ皇帝を見た。
フリードリヒ四世は俺の視線に気付く事も無く、バラの花びらを指先で撫でている。口元には笑みが有る。何かが違う。皇帝に何が有った? まさか替玉? そんなはずは無い、だがこの違和感は何だ?
「それにしても惜しい事をしたの。もう少し待てばそちを公爵にしてやれたわ」
「公爵……でございますか?」
どういうことだ? 公爵? 何を考えている?
「うむ、カストロプ公爵家よ。そちが望むのなら今からでも継がせるが、どうかな」
俺を試しているのか? そんなはずはない。この凡庸な男に俺を試せるなど……、そう思った瞬間ブルクハウゼン侯爵の姿が脳裏に浮かんだ。
「ありがたき仰せながら、臣にとっては伯爵位でさえ身に余る地位でございます。公爵など、いわば雲の上の身分、臣の手の届く所ではございません」
頭を下げながら答えると皇帝は何を思ったかクスクスと笑い声を立てた。そして上機嫌な皇帝の声がまた耳朶に響く。
「ヴァレンシュタインにの、貴族になる気はないかと訊いたことがある。正確にはある人間を通して男爵家を継ぐ気はないかと訊いたのだが」
「……」
ヴァレンシュタインを貴族に? 男爵家を継がせる? 妙な話だ、そんな話は聞いたことがない。宮中でも噂にならなかった話だ、本当なのか? だとするとかなり口の堅い男が動いた……。つまり本気だったという事か。
「あれがなんと答えたか、そちは分るか?」
「……臣には、なんとも」
思わず歯切れの悪い答えになったが、実際どう答えて良いか判らなかった。
ヴァレンシュタインには出世欲は感じられない。どう答えても的外れになりそうだ。
「よい、思うところを言ってみよ」
皇帝の声には俺を試すような毒は感じられなかった。何処までも楽しげに聞いてくる。
「判らぬか、ヴァレンシュタインはの、貴族になりたいとも、貴族になる事が名誉だとも考えた事がないそうじゃ」
そう言うと皇帝はおかしくて堪らぬと言わんばかりに笑い始めた。
「爵位にこだわる愚か者どもに聞かせたいの。この帝国の司令長官が貴族になる事を名誉とは考えておらぬと」
「……」
彼ならそう答えるかもしれない、
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