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手古舞
3部分:第三章

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第三章

「それでな」
「あれっ、まさかおめえ」
「美代吉に惚れたか?」
「ひょっとしてよ」
「いや、あれはないだろ」
 まだ美代吉を見てだ。新助は呆然としたままだ。
 その顔でだ。彼はさらに言うのである。
「あんな別嬪ははじめて見たぜ」
「へえ、こりゃまた急だな」
「まさに一目惚れってやつか」
「何時になるかって思ったが今かい」
「ようやくおめえもそうした気持ちになったか?」
「惚れたか」
「ああ、惚れたぜ」
 実際にそうだとだ。新助も言ってだ。そうしてだった。
 その手古舞を追ってだ。その美代吉を探した。すぐにだった。
 彼女を見つけてだ。真剣な顔でこう告げた。
「おい、いいか?」
「あれ、あんたまさか」
「俺を知ってるのか?」
「火消しの新助さんだね」
 こうだ。彼に対して言うのだった。
「近くで見たら余計にいい男だね」
「俺がか」
「そうだよ。いい男だよ」
 笑顔でだ。美代吉は彼を見上げて言う。
「成田屋かと思ったよ」
「成田屋か」
 市川団十郎のことだ。歌舞伎役者は屋号でも呼ばれるのはこの頃からなのだ。
「俺はそこまで格好いいか?」
「そう見えるけれど違うかい?」
「そんな風に思ったことはないな」
 これが彼の返答だった。
「別にな」
「自分に自惚れてないっていうんだね」
「火消しの腕は自惚れてるさ」
 そうだとだ。新助は美代吉に返した。
「けれどそれ以外はな」
「ないんだね」
「ないな。自惚れるものは」
 つまり火消しの腕には自信がある。そういうことだ。
 そのことを言ってだった。彼は。
 あらためてだ。美代吉にこう言ったのだった。
「それでここに来たのはな」
「どうしてなんだい?」
「一緒にならないか?」
 本当にだ。単刀直入だった。
「俺とな。一緒にな」
「それをあたしに言うんだね」
「ああ、言ったさ」
 言う、ではない。言った、だった。
 それを言ってだ。彼は。
「俺と一緒にな。所帯持たないか」
「言うねえ。一直線だね」
「まだるっこしいことは嫌いなんだよ」
 江戸っ子として、そして火消しとしてだ。そういうことは好きではないのだ。
 それでだ。彼は美代吉に言ったのである。
「そういうことだよ」
「そうなんだね」
「で、返事は?」
 周囲のことは全く気にすることなくだ。新助は美代吉に問うた。
「返事はどうなんだ?」
「ここでいいって言うのが筋だけれどね」
 笑ってだ。美代吉は新助に返した。
 しかしだ。彼女はだ。
 ここでだ。こう彼に告げた。

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