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火影の夜窓(ほかげのやそう)
第四章 火影の夜窓
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病の床で咳や痛みに耐えながら、
私のためにだけ作ってくれた、真心の動画。
陽介が自分の口からメッセージを届けてくれたことが
何よりも嬉しかったし、心に響いた。
たが、もう二度とあの動画が見られないのだと思うと、涙腺が緩む。
「陽介の意地悪っ…。」

日にち薬でどんなに痛みを散らしても、
愛する者を失った悲しみは、そう簡単には消えないだろう。
だが、人間には忘却というありがたい能力がある。
それは決して薄情というわけではなく、
悲しみを乗り越えるために授かった能力、神の恩寵(おんちょう)なのだ。
そのことを陽介は最後に、祐未に伝えたかったのだろう。
祐未は陽介の言葉一つひとつを今一度噛み締め、
彼の思いを無にすまいと心に誓った。

1階の広間に下りると朝食の用意がされており、
既に何組かの客は箸をつけ始めていた。
「どうぞ、こちらにお座りください。
 今、ご飯とお味噌汁、お持ちしますね。」
お膳の上を埋め尽くす料理を見て、
祐未はひどく空腹であることに気づいた。
そういえば、昨夜はご飯らしいご飯を口にしていない。
ここの宿は、女将こだわりの朝食が評判で、
祐未も楽しみにしていた。
出来立ての手作り豆腐は、起き抜けの体に温かく胃に優しい。
秩父の名水で炊き上げたご飯や薄味に調理された野菜は、
自然の旨みをしっかりと感じさせてくれる。
特に笹にくるまれた卵の黄身の味噌漬けは女将自慢の一品で、
チーズのようなコクのある味に、恐ろしい程ご飯が進む。
朝から、素材のエネルギーを余すことなく充電させてもらった。

宿を出ると、駅へ続く細道が昨日とはまた違った表情を見せ、
朝日を浴びながら瑞々しく輝いていた。
古民家喫茶のある大通りに出ると、車の往来はまだ少なく、
信号を待たずとも渡れそうだった。
(この“再会街道”とも、しばしのお別れか。)
祐未は見収めるように、じっくりとその光景を目に焼き付けた。
信号が青になり、キャリーバッグを引きながら
祐未は横断歩道を踏みしめるように渡って行った。
歩道の上から振り向くと、
“再会街道”が『またね』とウインクするように、
アスファルトの粒をキラッと光らせた。


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