五十四話:全て遠き―――
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忘れていた。その器では―――願いは叶わないよ】
「………え…?」
聖杯にまさに触れようとしていた手が止まる。男の表情は言い表すとすれば“絶望”。混じりけ一つない純度の高い絶望。その顔をスカリエッティは顔のない満面の笑みで見つめ嗤う。
【いや、正確には君達の思い描くようには叶わないと言うべきかね。確かにその器には願いを叶える程度の魔力は籠っている。しかしだ、残念なことに溢れ出した魔力を受け止める型がないのだよ。型がなければ溢れ出るだけで形を成さない。簡単なことだろう?】
本来であれば型の部分に切嗣のレアスキルである固有結界を使う予定であった。新しく創られた世界という型に願望を流し込み理想の世界を作り出すことこそが彼らの新の目的だ。だが、スカリエッティはそのことを最高評議会に伏せていた。誰が来ても絶望的な結末を生み出せるように。
「馬鹿な……そんな…馬鹿な…」
死の間際となり、目の前で希望を砕かれたことで男は原初の願いを思い出していた。目の前で泣いている子どもがいた。ただその子どもを泣き止ませたかった。一人ぼっちのその子を抱きしめてあげる愛が必要だと思った。だから世界を平和にしようと、愛に満ちた世界を創ればきっとその子は泣き止むと考えた。
誰かの愛ある腕に抱きしめられるはずと。そのためだけに走り続けた。だが、ある時に振り返って彼は気づいた。その子の姿がもうどこにもないということに。救いたかった者は消え去りただ理想だけが残った。他の二人も同じようなものだった。だから彼らは何があっても理想を遂げようと誓った。そうでなければ―――この手の平には何一つして残らないのだから。
「愛のある世界は……一体…?」
【愛のある世界? おかしなことを言うね。既にこの世界は愛にあふれているじゃないか】
己の理想に、愛に溢れた世界を求めた男の言葉にスカリエッティは心底不思議そうな声を出す。世界には悲しみが満ち溢れている。人が人を殺し、人が人を喰い散らかす世界。そんな世界のどこに愛があるのかと男は憤怒の形相を見せる。しかし、スカリエッティはその表情とは全く逆の実に楽しそうな声で告げる、この世の心理を。
【愛と憎しみは表裏一体。それらはコインの裏表のようにどちらでもコインという本質に変わりはない。人間は終わりのない闘争の歴史の中で数え切れないほどの愛を生み出してきた。そしてそれらを奪った者へ憎しみを抱いてきた。この世界を見たまえ】
どこからともなく争い合う人間の映像が流される。初めは愛する者を守るために誰もが戦う。だが、次第に人々は殺された仲間の仇を討とうと躍起になる。そして本来タブーである非戦闘員である兵士の愛する家族を虐殺し始める。しまいには理由など忘れ憎悪の感情だけで相手を惨たらしく殺し始める。どちらも―――
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