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満願成呪の奇夜
第13夜 上位
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まじ逃げられたとして、その後に別の試験参加者を襲うのでは呪法師として本末転倒だ」

 その言葉は、トレックの胸を抉った。先ほどまで「自分以外の相手のところに行け」と内心で叫んでいたのを真正面から否定された形になる。トレックが自分本位の我儘を吐き捨てようとしている時、ドレッドはもう呪法師として呪獣と戦う事を決断していたのだ。

 気高いドレッドと醜いトレック。痛烈な自己嫌悪感が圧し掛かる。
 同時に、トレックは思う。

(決断が早すぎる。迷いが無さすぎる。恐怖をまるで感じてないように『振る舞えすぎる』。そんな態度、普通の人間には出来ない………やっぱり『欠落』持ちと俺は、違う生き物なんだな)

 ガルド・ステディは既に雑魚呪獣を蹴散らして臨戦態勢に移行し、ギルティーネはトレックをの斜め前で油断なくサーベルを腰だめに構えている。その姿は人形のように忠実に教練に倣っているようでもあり、誰かを庇う守護者のようでもある。

 自分の命が懸かった瞬間だと理解して尚、迷わずに前へ進む選択を取る。
 それは、普通の人間では失敗のリスクや恐怖を覚えて躊躇うものだ。失敗すれば自分が危ういのだから当然のことだ。精神の根底には自己保存機能があるのだからトレックの選択はおかしくない。

 おかしいのは、こいつらだ。
 生存本能を押し殺して、自分個人とは異なる集団的な目的のために苦難に殺到する。そんな存在を、果たして自然な人間と言えるのか。『欠落』のせいで人間に大切な何かまで母体に置いてきてしまったのではないのか。それこそが、こいつらに架された「躊躇えない」呪いなのではないだろうか――。

 そこまで考えて、トレックは気付く。

(でも………そうか、俺はそんなおかしい連中に合せて戦う世界に足を踏み入れたんだ。これから出会う連中も、皆そうして戦いに赴く、或いは覚悟がないから絶対に赴かないと判断している)

 戦いが出来ない呪法師は、学者の道を進む。トレックが本当に戦えないのなら、その時に決断して前線を目指さないと決めればよかったのだ。なのに自分はこちらを選んだ。

(なら、俺はここで『戦う事も選べる』筈だ。俺の感情がどうあれ、『普通であること』を曲げながら進むことが結果的に生き延びる事に繋がるというのなら――!)

 表面上でいい、一時的でもいい。今まで相性の悪い相手とも何とか接してきたように、相手に合わせて柔軟に対応する。これまでそうやって生きてきたのだ。これからだって、トレック・レトリックという男はそうして戦う事が出来る。

 思考がクリアになっていく。鎧の上位種の特徴とこちらのとれる策を加味して、トレックは手荷物の中から水筒を取り出した。ただし、中身は試験に持ち込みが禁じられている飲料用の水ではなく、呪法の触媒として態々用意された
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