ありがとう!(T幸世の半生)
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、耐えきれなくなった。幸世は、自宅から遠く離れた場所に、アパートを探した。不動産屋に「保証人は有りますか?」と、聞かれた。「親と喧嘩して出て来たので、保証人はいません」と、幸世は嘘を付いた。不動産屋は「何か、身分を証明する物が有りますか?」と、聞かれたので、幸世は、写真入りの銀行の身分証明書と、運転免許証を提示した。「銀行に御勤めですか。私も貴方の銀行には、お世話になっています。分かりました。部屋は、ワンルームで良いですね」と、不動産屋が言い、幸世が「はい」と、答えた。不動産屋は数件の物件を案内したが、その中で駐車場付の物件と契約した。翌日、幸世は、当面必要な物を詰め込んだスーツケースと布団を、軽乗用車に積み、アパートに向かった。事前に担当刑事に転居先を電話したが、その後、警察からの幸世への呼び出しは、無かった。幸世は、支店を欠勤していた。三週間ほど過ぎて、幸世は支店に出勤した。支店では、同僚から冷たい視線に晒され(さらされ)、尚且つ、信雄と顔を交わすのが、耐え難かった。幸世は、支店に辞表を郵送した。間も無く、幸世の通帳に退職金が振り込まれた。在職期間の短い幸世の退職金は、微々たる金額だった。通帳には、久保葡萄園からの、50万円の振込も載っていて、振込人の名前は、久保信雄ではなかった。振込人名が、久保葡萄園になっているのは、幸世との関係を断ち切る為の、信雄の策略だと察した。信雄の手切れ金としては、50万円は雀の涙だった。幸世が辞表を郵送してから二ヶ月位で、信雄と久子が結婚した。地元で有名な資産家の久保葡萄園の御曹司、信雄の結婚式は、地元のローカル放送で放送され、幸世の耳にも入った。4
アパートに転居してから、三ヶ月以上が経過していた。幸世のお腹は、七ヶ月に達していた。幸世は、胎児が、日の目を見ないで、親の身勝手で中絶するのは、罪悪だと考えていた。生れてくる子供が、男なら強、女なら揺子と、名付けようと思っていた。それは、自分の様な弱い人間ではなく、力強く、何事にも揺るぎない人間に育って貰いたいと、云う、幸世の願望が有った。身重の幸世は仕事が出来ず、預金を取り崩しての日々だった。その頃、霊園から、墓が完成したと云う連絡が有った。丁度、相続も完了して、幸世の口座には、相続金が振り込まれていた。幸世は葬儀社に電話した。葬儀社は、快く納骨に立ち会ってくれた。無信教の幸世は、墓の開眼供養はせず、墓誌にも両親と弟の俗名を刻んだ。幸世は霊園に、墓地の購入代金を支払った。幸世は葬儀社に「墓地って、高いですね」と、言った。葬儀社は「私も、そう思います。この辺りは、市街化調整区域で家は建ちません。たぶん地価は、一坪2〜4万円だと思います。墓地で造成すれば一坪、100倍以上です。墓地は民間企業では出来ません。墓地を造れるのは、宗教法人(お寺など)と地方公共団体
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