第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第四節 転向 第一話 (通算第76話)
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そこには怒りに身を震わせながら、衝動で飛び出してしまいそうな、まだ青年になりきれない若者が立っていた――いや立ち尽くしていた。軍人としての自分と、人間としての自分に折り合いのつかない顔をしている姿に覚えがある。レコアにも、似たような経験があるからこそ解るのだ。
「中尉……こんなとき、俺はどうすればいいんですか?」
重く苦い声だった。長い付き合いではないが、およそカミーユらしからぬ声だ。苦悩に満ち、叫び出したい衝動を必死に抑え込んだような声。
レコアは渇いた喉をドリンクチューブで潤したかった。カミーユの問いは簡単に答えられるものではないし、レコアとて誰かに聞きたかった。
「それは……貴方が考えることなの?」
レコアは逃げた。だが、レコアにもそれしか言えなかったのだ。レコアとて軍人である前に人間である。しかし、全ての兵士がそれを言い出したら、軍は機能を失う。軍隊とは人間を機械の歯車として扱うかのような組織なのだ。だからこそ、それを自覚していてもなお、言わなければならない台詞だった。
「先輩は知らないことなんですよね」
「カミーユ!」
レコアはカミーユの言葉を遮った。
カミーユの両肩を掴んで正面から見据える。やるせなさと抑えきれない怒りが滲んだ視線がレコアを射竦めた。
「カミーユ……」
先ほどとは裏腹に、レコアはゆっくりと口を開いた。ひりついた喉から絞り出すように出た声は、驚くほど低いアルト。
「……《ジムII》のコクピットで待機して」
カミーユにだって理解できていない訳ではない。だが、友人としての立場と兵士の立場とが交錯した結果なのだ。だから、レコアは小隊長としてカミーユを兵士として扱うことでメズーンとの接触を断つしかなかった。そうすれば、カミーユの心に逃げ場ができると考えたからだ。それ以外、レコアにできることなどなかった。
「……分かりました」
カミーユはレコアを振りほどいてガンルームを出ようとした。レコアはそのカミーユの後ろから抱き締めた。ふわっと浮いた身体はカミーユの後頭部を胸にくるんだようだった。
「レコア中尉!?」
「ゴメンね、カミーユ……」
それがレコアにできる精一杯だった。
「中尉は何も悪くないのに、何故謝るんですかっ!」
そう叫んだカミーユの瞳は濡れていた。行き場のない怒りは自分の無力さへの哀しみに安易に転化する。その先は――
「人はね……自分の目の前で起こること全てを解決することはできないの。あなたはあなたにできるだけのことをしなさい。今はパイロットとして不測の事態に備えて待機することが、あなたの為すべきことよ。」
カミーユは泣きながら黙って頷いた。
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