『彼』
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「ヨ」
ある日、のっそりと大きい体を茶色の毛で包まれている、たとえて言うならば胴体しかないマンモスのような生き物が日紅の部屋に入ってきた。窓から。
その日犀はいなくて、『彼』と日紅の二人だけだった。
変な訪問者がなれなれしく入ってきても、二人は驚かなかった。
「遊びに来たぞ青更。その人間だな?噂の」
「こんにちは。あたしは日紅。あなたは?」
「ワシは…太樹だ」
「あなたはどのくらい生きているの?」
日紅は慣れたように聞き返す。ヒトかヒトじゃないかなんて、ずっと『彼』と一緒にいた日紅からすれば細事だ。空気がそこにあるのと同じように、それが妖であるということは彼女にとっては単なる一つの事実でしかないのだ。当たり前に受け入れる。
「ワシか?ワシは…ヒトなどいなかった昔からだ。よろしくな、譲ちゃん」
そう言うと、太樹はのそのそと日紅に近づいてきた。
「ふんふん。おぬしが青更の、か」
「…え、あたしが、巫哉の…何?」
『彼』がすっと日紅と太樹の間に手を出した。太樹の歩みが止まる。
「あんまり近づくんじゃねぇ。てめぇはきたねぇんだよ」
「ちょ、バカ巫哉っ!失礼でしょ!」
「はははは、よいよい。ワシは気にしとらんよ譲ちゃん。…さて、どうやらわしはお邪魔虫みたいだから退散するよ。青更、うまくやれよ。ヒトの命は短く終わりがあるからな。もたもたするなよ。それと…祝言の際にはちゃんとワシも呼べよ」
顔(らしき部分)の毛がもそっと動いた。それが日紅にはなぜか大樹がにやっと笑ったかのように見えた。
『彼』の額にびしばしと青筋が浮かんだ。
「さっさと行け!このくたばりぞこないが!」
太樹は、ははははと笑いながら、ぴよんと窓から出て行った。窓枠より大きい体なのに、どうやって窓から出て行ったのかは彼のみぞ知る、だ。
そう言えば口がないのにどうやって喋っていたのだろう。目もなかった。あの長い毛の下に隠れてでもいるのだろうか。日紅は詮無いことを考えていた。
そしてちらりと『彼』を見た。
「…祝言って何」
「知るか」
とにかく不機嫌な顔で『彼』は言った。
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