外伝「鈍色のキャンパス」
V.Bourree
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ガは、バッハが遺さなかったら完全に廃れてしまっていたかも知れない。バッハの生きた時代でさえ、もうフーガは時代遅れの音楽だったのだ。それが現代では多くの演奏家によって演奏され、それがCDにまでなっているなんてな…。全く奇妙な話だ…。
俺はそんな演奏家の一人になりたくてここにいる。ポップスやジャズも聴かなくはないが、やはり古いルネッサンスやバロックの音楽が性に合うのだ。
演奏を終えて振り向くと、田邊君は立ち上がって拍手をしていた。コンソールで拍手をもらうなんて、何だか照れ臭い気がするが、そう思っていたら下からも拍手が聞こえ、俺はギョッとして下を覗いた。
「藤崎君、何かもう一曲出来るかね?」
そこには宮下教授や古楽専攻の学生、何故か理事長までも来ていた…。
俺は苦笑いしながら頭を下げて田邊君を見ると、田邊君もアンコールとばかりに未だ拍手している…。
「もう一曲だけだよ…。」
そう言うと、田邊君は嬉しそうに「お願いします!」と返答した。オルガン演奏って、結構疲れるんだけどなぁ…。
そうして俺が演奏したのは、ヴィットと言う作曲家のパッサカリア ニ短調だ。この曲はバッハの偽作に分類されていて、BWV.Anh.182の番号が付いている。偽作を調べていた時に偶然見つけ、以来気に入って演奏しているのだ。哀愁を帯びた美しい曲で、確かにバッハには及ばないにせよ、演奏されないのは勿体無い作品だ。
演奏が終わると、暫くは静かだった。そして、一斉に拍手が起こったのだった。演奏会じゃあるまいに…。
俺はこれで終わりとばかりに下の観客に頭を下げ、直ぐに顔を引っ込めた。宮下教授にまた言われるのは正直嫌だからな…。
「藤崎さんて、音楽を心に直接伝えることが出来るんですね。」
椅子に座っていた田邊君がそう言った。あまりに沁々と言ったため、俺は彼が本当に小学生なのか疑ってしまった…。まぁ、見た目はまんまなんだが。
「ありがとう。でもね、音楽ってやつは、人の心に届かないと意味がないんだ。だから、僕はいつも聴く相手に届くよう祈りながら演奏するんだよ。」
田邊君の言葉に、俺は苦笑しつつそう返した。そして思った。この目の前の少年は…一体どんな人生を送ってきたんだろうと。歳こそ大したことはないが、その言葉の端々に感じる重みは何なんだ?いや…今は知る必要はない。きっと彼は、俺と同じ道に来る…そう感じた。
「それじゃ、次に…」
俺がそう言いかけた時、突然メキメキという異様な音が響いてきた。俺は驚いて音がした方を見ると、なんと…オルガンの金属製パイプに亀裂が走っていた。
「な…なんだよ…あれ…。」
隣に立つ田邊君も、驚きのあまり硬直している。
俺は田邊君をその場に残し、直ぐ様オルガンの裏へと回った。オルガンの内部も見学させて良いと鍵を預かっていたのだ
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