外伝「鈍色のキャンパス」
V.Bourree
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に残っている。叔父の方は…淋しげに微笑んでいるだけだった…。
「藤崎さん、お願いしても良いですか?」
「…ん?何を?」
俺が過ぎ去りし記憶に思いを巡らせていた時、不意に田邊君がそう言ってきた。直ぐに返事がくると思ったが、彼は言いづらそうにもじもじしていたため、俺は「何でも言って良いからね。」と言った。こうしてみると、やっぱり普通の小学生に見えるんだけどな。
「それじゃ…演奏して頂けますか?」
何だ…そんなことか。
「良いよ。何を演奏してほしいんだい?」
俺がそう言うと、彼はパッと笑顔になって言った。
「それじゃ、バッハのハ短調のフーガを。」
「作品番号は?ハ短調のオルガン用のフーガは六曲あるんだよ。」
「え?幻想曲とフーガだけじゃないんですか?」
うん…やっぱりこういうとこは小学生か。
「バッハは幻想曲とフーガでも、ハ短調は二曲残してる。尤も、作品番号562のフーガは未完なんだけどね。」
「それじゃ、未完成のものを聴かせてほしいです!」
「分かった。でも折角だから、作品番号537も演奏するよ。」
俺はそう言うと、田邊君を近くにある椅子へ座らせてからオルガンの席へと着いた。
バッハのハ短調のフーガは、その調性のためでもあるが、どれも哀愁を帯びた作品だ。特に作品番号537の幻想曲とフーガは、その主題に溜め息を模した音型を使っているため、より一層哀愁を漂わせている。劇的な部分もあるが、どことなく懐かしささえ覚える作品だ。一方の562の未完のフーガは劇性が強く、迫り来る圧迫感がある。一説には、前半の幻想曲に不釣り合いだと考えてバッハ自身が作曲を止めたというが、その真意は不明のままだ。ただ言えることは、30小節にも満たないこのフーガも非常に優れた作品だと言え、未完に終わっていることが嘆かれると言うことだ。
フーガ…日本語では遁走曲と書く。バッハは対位法の大家で、宗教作品や協奏曲にも対位法を使用した高度な作品を書いている。
対位法とは、複数の声部に同じ、又は違う主題を小節をずらして歌わせる技法。カノンなどは基本的に同じ旋律だが、フーガに至っては違う主題を使用することもよくある。しかしこれは作曲も演奏も難易度は上がるため、容易く創れるものじゃない。そしてフーガはカノンの様にただ追い掛けるだけでなく、転調や間奏などを挟まなくてはならないため、対位法の極致と言える技法なのだ。
バッハはそれを自由に扱えた。ドイツだけでなく、イタリアやフランスの音楽さえ取り入れ、多種多様なフーガを紡ぎだしたのだ。無伴奏ヴァイオリン作品にさえフーガを書き、晩年には楽器指定のない曲集"フーガの技法"を作曲し、後世に彼の会得した知識を余すことなく伝えている。
バッハが後世のモーツァルトやベートーヴェンに多大な影響を与えたのは有名だが、特にフー
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