秘め事
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なけなしのコーヒー代を奢り、コーヒーショップを出た。バイトもしていない俺にはカフェデートが限界だ。
隣の彼女は首をマフラーで包み、両手に息を吹きかけていた。身体をぶるぶる震わせている。そういえばもう十一月か。
「平気か?」
「なにが?」
「すげー寒そうじゃん」
「寒そうって、隆弘くんも寒いでしょ」
そうじゃない。
育美は生まれつき病弱だ。持病を患っているわけではないが、これまで何度も風邪を引いては学校を休んでいる。怖いのだ。彼女という存在そのものが、いまこの瞬間から、そっくりそのまま消えてしまいそうで。
俺はふっと右手を差し出した。
「繋ごうぜ」
「なにを?」
「馬鹿。言わんでもわかるだろ」
彼女はふっと笑うと、同じく手を差し出してきた。冷たい肌の感触が直に伝わってきた。俺はその弱々しい手を握り締めた。
「あったかいんだね、隆弘くんの手。知らなかったよ」
「……そうだな」
二年も付き合って、手繋ぎもこれが初めてである。
俺たちはそのまま、無言で歩き始めた。街の人通りは少なかった。冷たい風が、そわそわと落ち葉を運んでいく。
「あのさ」
唐突に彼女が言った。珍しく、視線を落としたままである。
「本当に私で良かったの?」
「……どういうことだ?」
「ごめん、なんでもない。忘れて」
彼女は顔を落としたまま上げようとしない。
質問の意図を問いただしたいところであったが、彼女が口をつぐんだ以上、無闇な詮索は気の毒だった。代わりに俺は言った。
「とりあえず、俺はおまえと付き合って後悔したことはない」
返事はなかった。ただこっくり頷くのだけが見えた。
ほどなくして彼女の家に到着した。ごく一般的な一軒屋。誰もいないから安心してと言いながら、彼女は家のドアを開けた。
「おじゃましまーす……」
おそるおそる玄関に足を踏み入れる俺。
からかうように彼女は言った。
「なに、緊張してんの?」
「馬鹿。おまえは住み慣れてるだろうが、俺にとっちゃ初めての場所だ」
「違うでしょ。童貞だからでしょ」
「そういうおまえはやり慣れてるのかよ!」
「ううん、私もはじめて」
お互い初めてにしては、彼女に主導権を取られすぎているような気がする。俺はなんて悲しい男なんだ。
彼女の部屋は二階にあるらしい。俺は彼女に案内されるがまま、女の子の部屋に人生で初めて入った。
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