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『彼』

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夜風が撫ぜて、日紅はぶるりと身震いした。



 けれど『彼』はっと鼻で(わら)って言った。



「寒い訳あるか。貧弱なヒトでもあるまいし」



「巫哉はそうかもしれないけど、あたしは貧弱なヒトなの!このまま窓開けて話してたんじゃ風邪引くかもー…あ、やっぱり巫哉そこにいて!今日は犀が来るって言ってたから、って、どうして素直に入ってくるのよ!犀が来るんだってば!あたしじゃ巫哉みたいに空を飛べないし、こっそり犀を連れてこれないんだから!あ、こらっ、巫哉!だからっ、窓を閉めないの!」



 ご丁寧に内側から鍵まで閉められた窓を見て、日紅は溜息をついた。



 二階にある日紅の部屋は樹齢五百年だとか言う大木の太い枝が大接近している。ギリギリとアウト、どちらだと言われたら限りなくアウトに近いだろう。それはお隣さんの木なのだが、樹齢五百年だけあってかなり大きい。思わず肯けるほどの幹の太さもさながら、何より、高い。車庫付き二階建ておまけに屋根裏まである日紅の家が目じゃないくらい高い。おかげさまで日紅の家の日照条件は残念なことになってはいるが、立ち並ぶ家々の合間に一本、にょっきりと頭を覗かせている樹木はそれは人の目を引くだろう。渾名(あだな)は勿論‘のっぽさま’だ。その五百年生きたのっぽさまも『彼』に言わせれば「まだまだヒヨっ子」なのだそうだ。しかし日紅に言わせれば『彼』のほうがよっぽど精神的にはお子ちゃまだ。



 その大木の、日紅の部屋に一番近い、太い枝。そこに、いつも『彼』はいた。



 だから、日紅は学校から帰ってくると真っ先に自らの部屋の窓を大きく開け放つ。するとむすりとした顔の『彼』がそこいるのだ。それはもう日紅の日課。何の疑問を持つこともなく、物心つくときはもう一緒にいた『彼』は既に日紅にとって家族とも言える存在になっていた。



「もう!巫哉!」



 日紅は窓に片手をついて軽く『彼』を睨んだ。



「どうしてそういうことするの?こんな夜じゃあたしが下に行って犀を迎えになんていけないでしょ?ほら!犀がもう来てたらどうするの?ちょっとひとっとび行ってきてよ」



「…なんであいつが来るんだよ」



「別に今日に限ったことでもないでしょ。今更文句いわなーい。ほら、行って!」



 日紅はぽいと『彼』を窓から押し出した。『彼』と入れ替わりにひやりとする風が入ってきて黄色のカーテンと日紅の髪をふわりと撫ぜた。
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