第九章
[8]前話
「それじゃあか」
「ああ、言う」
彼が変わっていたと思ったその時はというのだ。
「ちゃんとな」
「それじゃあな」
「兵学校に行くぞ」
「一緒にな」
恭介は曽祖父が嘘を言わないことは確信してだ、そして。
その兵学校、現在の海上自衛隊幹部候補生学校の前まで来た、そこから中に入って赤煉瓦やグラウンドにだ。
波止場に講堂を見た、そして。
その赤煉瓦の前でだ、豊田は目を細めさせて言った。
「同じだな、何一つとして」
「本当に変わってないのかよ」
「ああ、ここはな」
「じゃあここ戦争前からか」
「そうだ、この赤煉瓦でな」
「グラウンドもか」
「海もな」
短艇置き場も見てだ、豊田は恭介に言った。
「一緒だ、あの砲台はなかったがな」
「あれ確か」
二連装の主砲の砲台はだ、恭介は入る時に貰ったパンフレットを見て言った。
「陸奥って戦艦の砲台か」
「陸奥もこの目で見た」
その事故で沈んでしまった戦艦もというのだ。
「砲台は本当にそのままだけれどな」
「あれはなかったのか」
「兵学校の頃はな」
「それでも他はか」
「グラウンドも赤煉瓦も講堂もな」
赤煉瓦の見事な建物の横にあるギリシア神殿の様な建物も見て言うのだった。
「あの頃のままだ」
「全部か」
「同じだ、海軍はずっとここにある」
あの頃のままというのだ。
「その心がな」
「海軍ってもう今は海上自衛隊だぜ」
恭介はいぶかしむ目になり口も尖らせて曽祖父に問うた。短艇置き場のところに植えられている松の木達も見ながら。
「海軍はもうないだろ」
「心があると言ったな」
「その心があるからか」
「ここは同じだ」
六十年前と、というのだ。
「それが本当に嬉しい、来てよかった」
「そんなものかね、まあひい祖父ちゃんが嬉しいのなら」
恭介にはわからなかった、彼が今言っている言葉の意味が。だが。
その曽祖父にだ、こう言ったのだった。
「俺はそれでいいか」
「来てよかったか」
「ひい祖父ちゃんが嬉しいならな」
「そうか。じゃあもっとここを見て回るか」
「ああ、付き合うぜ」
恭介は曽祖父の言葉に微笑んで頷いた、そして今も帝国海軍の心が残っているその場を彼に案内されて回るのだった。赤煉瓦と紺碧の世界を。
年月を経て 完
2015・12・19
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