第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第三節 群青 第二話 (通算第72話)
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白亜の船体が眼前に近づく。
その船体は、まるで古代エジプトのスフィンクス像のようだと、エマは思った。実際に見たことはない。砂漠化の進むアフリカ大陸の実物は、旧世紀末に砂中へ埋没していた。精々、歴史の授業かテレビ番組で引っ張り出されたライブラリー映像で見たことがあるくらいなはずだ。それほどエジプトに興味があった訳でもないのに、唐突に思い出した。スフィンクスは女性の上半身にライオンの四肢と翼を持った合成獣である。近づく旅人を片端から、謎掛けをしては食べてしまっていたが、謎を解かれたスフィンクスは、身を擲って死んだ。古代エジプト人は金字塔に眠るファラオを盗人から護るために寓意を込めて配したのだろう。そんなスフィンクスが、まるで現代に甦ったかの如く宇宙の海を征く。
怒りに似た感情が湧き上がってきた。地球連邦の勝利の象徴たるペガサス級に連なる艦が、スペースノイドに使役されている姿は地球市民にとって悪夢でしかない。
スペースノイドはスフィンクスがジオン・ズム・ダイクンの眠りを護っているとでもいうのだろうか? ダイクンという彼らの王が、ジオンに還る日を待ち続ける忠実な僕。その日が来たれば、宇宙を縦横無尽に羽ばたく――想像の羽が妄想に変わる前に慌てて打ち消す。そうではない、決してそうさせてはならない。。スフィンクスはその日が来る前に、再び旅人の知恵に敗れて死ぬだけだ。きっと、我々ティターンズが、〈月の専制君主たち〉の真意と彼らの志向が乖離していることに気づかせた時、あの艦は沈む。エマは訳もなくそう思った。
伏せた白いスフィンクスが、軍の教本に掲載されていた《ホワイトベース》に近い設計であることは、一目瞭然である。大きく前方にせり出した両舷と馬首に似た艦橋はペガサス級・サラブレッド級に共通する特徴だ。部位毎には似つかない両級の各艦もこの特徴だけで同級であると判る。両者を分けるのは艦の大きさだけで、白いスフィンクスの規模からすれば、サラブレッド級に分類されるのだろうか。前肢にあたる両舷のカタパルトが露出しているのは、MS積載数を増やす改装された大戦後の連邦軍艦艇に共通する仕様である。
(少なくとも十二機は搭載できそうね)
艦籍番号も艦名も判らないスフィンクスを睨めつけながら、エマは敵の戦力をそう分析した。パイロットだけに、敵の保有するMSの数は気になる。現在視認されているのは六機。直掩の機体は姿を見せていないが、最低三機はいると考えるべきだ。敵を過大評価すべきではないが、過小評価するよりはいい。想定外の敵は、命取りになりかねない。取り越し苦労くらいが丁度いい。命あっての明日である。
エゥーゴは一応地球連邦軍の一部を含んでいるが、正式には国際的な外郭団体である。ティターンズからみれば、反地球連邦政府運動の黒幕である〈月の専制君主たち〉の私兵でしかない。
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