第四話 何とも微妙だよ逃げ切れなかったよ
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、俺も読むことを許された図書室の記録類にことごとく記録されていた──は口だけでなく、表情筋や姿勢制御筋までをも徹底して管制下に置き、目をつけられぬように注意を払っていた。
父上について挨拶回りに会場のあちこちを移動する俺の口にも連中ほどじゃないが、目に見えない錠が幾重にもかけられている。うっかり妙なことを言ってしまえば、原作口調とこの数年の間に習い覚えた礼儀作法だけでごまかしきれるものではない。あのふざけた悪魔の整えたこの貴族社会という舞台で生き残り、人生の勝利者になる計画も野望も全て水の泡だ。
「ご無沙汰いたしております」
「ごぶさたいたしております」
「おおディートリッヒよ、そなたも息子も息災のようでなによりじゃ。アルフレットよ、今日は楽しんでゆくがよいぞ」
「ありがとうございます」
にこやかに微笑む老婦人、先代のマールバッハ伯爵夫人アーデルハイド──大お方様に十一歳の子供らしくお辞儀をしたり、手ずからお菓子を賜る光栄に驚くふりをしながら、俺は視覚と聴覚を司る神経と海馬を全開にしてこの世界を生き抜く伝手を探していた。
やがて挨拶回りも一段落し。
父上は家宰様と話しこみ始めた。今後のことについてなのか、専門用語の飛び交う会話はアップルサイダーを一杯飲む間、パイをひときれ食べる間には到底終わりそうもなかった。
チャンス到来。
『とりあえず偉そうな奴、話の分かりそうな奴、出世しそうな奴は片っ端から話しかけてみるか』
空腹を覚えたふりをしてその場を離れると、俺は料理の小皿とアップルサイダーのグラスを持っていくつも繋がった庭園を歩き回った。
貴族社会を生きると決めた以上、人脈作りは重要である。出世も生き残りも、コネが物を言う。幸いマールバッハ家一門や末流の家々や郎党、縁者で軍や官界に地位を得ている者は少なくない。主庭園だけでも飾りのついた礼服の将官、高級士官やいかにも位の高そうな文官がぞろぞろ、数えるのも一苦労。
素手で捕まえられる渡り鳥のように群れている。
なにせマールバッハ伯爵家は名門中の名門、ルドルフ大帝以来の名門である。初代当主エーリッヒは大帝が提督であったころには群司令の一人として、銀河連邦の議員だったころには後世に悪名高きエルンスト・ファルストロングとともに大帝の腹心として骨身を惜しまず働き、ゴールデンバウム王朝が成立すると同時に伯爵の位を授けられた。何度か皇室から皇女の降嫁を受けたこともあって侯爵・伯爵級の貴族の中では家格は抜きんでて高い。一門分家も十八家を数え、先々代の伯爵、大お館様の時代まではブラウンシュバイク、リッテンハイム、カストロプといった諸家と肩を並べる繁栄を誇っていた。二世紀前にはただの庭師の倅でありながら、一門で一番下の男爵の家に出入りしているというだけで、貴族と平民を隔て
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