第9夜 錯綜
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ィーネさんは休まないの?」
「………………」
それとなく促すが、反応はない。こちらを見ているが、見ているだけだった。
これは自分の休息は必要ないという自信の現れなのだろうか。
彼女は何も語らない。人の言葉にはほとんど反応せず、時折飛ばす命令に沿ったような動きはしても、後はじっとこちらを見つめるばかりだった。透き通った瞳に映る自分自身の顔が、不安げに歪む。
不気味だ。今までの人生で感情の薄い人は沢山見てきたが、ここまで反応のない人間には出会ったことがない。彼女の胸が呼吸で微かに動いていなければ、自分は等身大の精巧な人形と二人きりでいるものだと思い込んでしまうだろう。
あるいは、彼女は今『人喰い』らしくトレックの臓物を喰らう算段を立てているのかもしれない。
あるいは、気の利かないトレックが休憩しろと言ってくれない事に焦れているのかもしれない。
あるいは、彼女の心は氷のように停止し、感情というものがないのかもしれない。
(………違う。意志はある筈だ。だって彼女は、人形じゃなくて人間なんだから)
あの時にサーベルの柄を握る手が強まったのを、トレックは見た。
彼女も人間だ。賭する何かを持ち、戦っている。しかし――教導師の口ぶりからするに、彼女はその欠落を差し引いても『行動』そのものを制限されているのだろう。
だからその何かを共に掴むために、彼女のコンディションを『管理』する。
「ここにおいで」
自分の隣に空いた休憩所のベンチの一角をぽんぽんと叩く。ギルティーネは機械的に動き、トレックが叩いた場所に寸分の狂いもなく収まった。ベンチにカタリと音を立ててサーベルの鞘がぶつかり、また静寂。
帰り道に関しては、特筆するほど警戒すべきポイントはない筈だ。先ほど別の学徒の会話を聞いた限りではすぐ近くに舗装された道もあるらしい。道を通って戻りきれば、晴れて二人は実地試験を合格できる。
(二人、か――このタッグ契約は果たして実地試験の後も続くのかな)
契約時にはその辺りの事がはっきりしなかった。ずっと一緒かもしれないし、すぐ解散かもしれない。解散すればまた地獄が待っているが、一緒ならばそれはそれで気苦労が多そうだ。ギルティーネの方を見やると、彼女はこちらから目を離して灯薪の暖かな光を見つめている。
その横顔は絵画のように美しいが、ひとつだけ、その美しさを阻害するものがある。
鉄仮面を被せられていたせいでくしゃくしゃにされた、彼女の黒髪だ。
トレックは、彼女を解放した時に「櫛を貸してあげよう」と思ったのを今更になって思い出した。
母親からもらった小さな櫛はトレックの愛用品だ。特別高価な代物ではないが、自らの寝癖が付きやすい金髪を梳かすのに毎日のように使用している。一
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