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第一章
狸の蓑
八兵衛の店の酒はこれまた格別に強いことで有名だった。あまりにも強いので買いに来た人間が頭を痛めて青い顔で文句を言いに来る程だった。
「あんたの店の酒は強過ぎるぜ、おい」
「全く。どうなってんだよ」
「ははは、そりゃあれだよ」
そして八兵衛はその度にその屈託のない愛嬌のある笑顔で応えるのだった。
「うちの酒は特別でね」
「特別?」
「こしらえ方が違うんだよ。それにたっぷり寝かしてあるからそれこそがつんと効くのさ」
「がつんとかい」
「少し飲んだらあとは極楽」
おどけた調子で言う。
「けれどいいじゃないか。ちょっと飲んだら酔い潰れられるからその分酒代は休む済むぜ」
「そんなものかね」
「わかったらさあ買っていきな」
ここぞとばかりに店の酒を勧める。
「安くしとくよ。それだけ強くて値段は変わらないんだからさ」
「まあそれは確かだしな」
「それじゃあ」
こんな具合にそのとびきり強い酒ということを売りにして店の酒を売っていた。小田原で彼を知らない者はいない程だった。おかげで江戸の旗本もわざわざ人をやって買いに来る程だった。そんな彼が朝起きて商いをはじめようとしたある日のことだ。
「ちょっと御前さん」
女房のおいそが彼慌てて店先から戻って彼に声をかけてきた。八兵衛は丁度酒を徳利に入れている最中だった。
「狸がいるよ」
「街に狸かい。そりゃ珍しいな」
「何言ってるのさ、店先にでかい金玉見せて寝てるんだよ」
「何っ、店先に!?」
こう言われると流石に八兵衛も放ってはおけなかった。何でも店先にでかい顔でいられては商いができない。すぐに追っ払おうと店先に出ると果たしてそこに狸がいた。
「こいつかい」
「そうさ、こいつだよ」
おいそは狸を指差して言う。見れば仰向けにそのでかい金玉を見せて大の字になって高いびきをかいていた。その左手には八兵衛の店の徳利がある。彼はそれを見て言った。
「またこりゃ図々しい奴だな」
「それでどうするんだい?」
「起きていたら追っ払うつもりだったが気が変わった」
「気が変わったのかい」
「縛って店の中に連れて行くぞ」
早速縄を出して来た。
「こいつでな」
「鍋にでもするのかい?」
「まあそこまではしないさ」
別に命まで取ろうとはしていないようだった。
「別に食うつもりはな」
「ないのかい」
「とにかく殺しはしないさ」
それは言うのだった。
「まあそれでもな」
「懲らしめるんだね」
「そういうことさ。じゃあこれでな」
「あいよ」
おいそもわかっているもので棒を出して来た。それと縄で狸を文字通り狸縛りにして店の奥に連れて行った。そしてわざと台所に連れて行ってそこで起こすのだった
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