第176話 荊州の新たな主 後編
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「礼は無用だ。戦の前に恭順の意を示した貴殿等を討つ理由はない。此度の討伐の褒美として、皇帝陛下にお許しをいただく」
正宗は二人を許すことを明言した。彼の言葉を聞き、紗耶夏は驚いていた。彼がこれほどまでに自分に対して骨を折ってくれるとは思わなかったのだろ。蔡瑁討伐の勅を出した本人から恩赦を引き出せば、これに異を唱える者は誰一人もいない。
「感謝いたします」
紗耶夏の夫も正宗の言葉に感謝している様子だった。
「貴殿の名を教えてもらえるか?」
正宗は徐に紗耶夏の夫に名を訊ねた。
「蔡永文と申します」
蔡永文ははっきりと名乗った。
「蔡永文、一つ問いたい」
「何なりと」
「私はお前の仇だ。恨みを捨てることはできるか?」
正宗の厳しい目で蔡永文を見た。紗耶夏は表情を固くした。
「車騎将軍、恐れながら申し上げます。恨みを捨てることはできません。ですが、妻と息子のために恨みを忘れることを父祖の名に賭けてお誓い申し上げます」
蔡永文はしばし沈黙した後、重々しく口を開いた。彼の苦悩した末の決断であることが、彼の雰囲気から理解することができた。妹が全て責があると理解しても、彼女の討伐軍の総大将である正宗を憎いと思ってしまうのだろう。
「その言葉に二言はないな」
「私は妻と息子のために生きねばなりません。そのために遺恨を忘れます」
蔡永文は家族という単語を使わず、妻と息子という表現を繰り返し使った。それは彼の気持ちの表れなのだろう。
「相分かった。辛きことを聞き済まなかった」
正宗は目を瞑り蔡永文に言った。
「車騎将軍のお立場はご理解しております。全ては愚妹の不始末、お気になさらないでください」
蔡永文は沈痛な声音で正宗に答えた。しばし、正宗は蔡永文の様子を見ていた、彼の隣にいる少年に視線を移した。服から覗く首や掌の肌の色は浅黒く、髪の色は赤茶けていた。紗耶夏と蔡永文の間に生まれた子であるのに面妖に見えた。そのため正宗は沈黙して凝視していた。
「お前が黄月英か?」
正宗は少年に声をかけた。
「はっ! 黄月英でございます」
少年ははっきりと名乗った。彼は目を潰され、足の腱を斬られているにも拘らず、全くやさぐれた雰囲気は無かった。紗耶夏の言う通り、彼自身が紗耶夏にそうすることを頼んだのだろう。しかし、覚悟しているとはいえ、少年の身で惨き目にあっても気落ちしていないとは大した人物である。正宗もそう思ったのか興味を抱いている様子だった。
「お前の作った絡繰りを見せてもらっぞ。中々のものだ。あれ以外にもあるのか?」
正宗は黄月英に世間話を振った。
「はい。趣味ですのであまり誇れるものではございません」
黄
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