3部分:第三章
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第三章
「よくもまあ」
頭の禿げた医者が病室で呆れた顔をしていた。
「メチレンを一升かい」
「ああ、あれやっぱりそうだったのかよ」
繁太郎は病院のベッドの上に寝ていた。それで医者に応えていた。
「そうだろうな、って思ったけれどよ」
「普通あれだけ飲めば死んでるぞ」
「やっぱりそうか」
「そうでなくても目が見えなくなっていた」
「按摩になるしかなくなっていたのかよ」
「まあそうだな」
「運がよかったっておとだな、また」
「何言ってるんだよ、御前さん」
そこにいたシズが口を尖らせてきた。4
「もうすぐで死ぬところだったんだよ」
「また運で助かったからいいじゃねえかよ」
「そういう問題じゃないよ、これからはこんな馬鹿なことは止めておきなよ」
「酒を止めろっていうのか?」
「それは言わないよ。もう言っても無駄だから」
繁太郎の酒好きは言って聞くものではない。残念なことに。それはシズが最もよくわかっていることであった。
「けれどさ、メチレンは止めておきな」
「ああ、それはな」
渋い顔ながら頷いてきた。
「普通死んでるんだよな」
「さっき言った通りだよ」
医者は答えた。
「今生きているのが不思議な位だ」
「そうか。じゃあ止めるぜ」
彼はそれを聞いたうえで言った。
「流石に懲りたぜ」
「そうか。ならいいが」
「それでよ、シズ」
そして妻に顔を向けてきた。
「退院までどの位だ?」
「一週間ってところらしいよ」
「そうか、じゃあ一眠りすればすぐだな」
「どうしてそうなるんだよ」
「起きても一週間、寝ても一週間だろ。じゃあ寝て過ごすぜ」
「本当にものぐさなんだから、御前さんは」
だが余計なところで働き者なのだ。だからこうしてメチレンで倒れて危うく死ぬところだったのである。
「いいだろ、それでも」
「まあ何もすることはないからね」
「将棋でもすっか、それか囲碁でも」
「そっちもいけるのか」
「ああ、金がかかってたらな」
医者に応えてニヤリと笑ってきた。
「負けたことはねえぜ。どうだい?」
「私は将棋で金はかけないがね。面白そうだな」
「よし、じゃあ早速やるかい」
「いや、まだ患者がいるからな」
「ちぇっ、面白くねえ」
「やっぱりあんた大人しくしときなよ」
シズがそう言って嗜めてきた。
「誰かに迷惑かけるからさ」
「何か俺が子供みてえだな」
「頭の中身はそうじゃないか」
「へっ、博打は誰にも負けねえぜ」
「それはわかったから。じっとしておきな」
「わかったよ。じゃあ退院の用意しとけ」
「退院の?」
「そうだ。酒だ、今度はとびきりの酒用意しとけ」
「呆れたねえ。また酒かい」
メチレンで倒れたのにだ。彼のこれは筋金入りであった。
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