1部分:第一章
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「ないないづくしだ。何で酒までねえんだよ」
「あることにはあるぜ」
「カストリか?」
「そう、それだよ」
仲間内の一人が言った。
「どうしても飲みたいっていうんならそれ飲んだらどうだ?」
「そうだな」
繁太郎はその言葉に頷いた。
「じゃあやってみるか、どうしようもねえと」
「やるのか?」
「ああ」
彼は着物の中で腕を組んで答えた。見ればその着流しがよく似合う。胡坐をかきそこから見える赤い褌は賭博師としての粋の表れであろうか。
「ないんだったらな」
「止めた方がいいんじゃねえのか?」
別の仲間がそれを止めた。
「あれ色々入っていてやばいそうだぜ」
「酒がないよりましだ」
だが繁太郎はそう返した。
「何もないよりはな。違わねえか?」
「そこまで言うんならよ」
もう誰も止めなかった。
「まあ飲みな。運がよかったら助かるだろうさ」
「おう、俺は運だけはいいからな」
またそれを自慢してきた。豪放なのか単に頭が悪いのかはわからないが。
「飲んでみるとするか」
「飲むのかよ」
「正月に何もないとな」
彼は言った。
「飲むしかないだろ」
「まあ程々にな」
「死なない程度に」
「ははは、病院で会おうぜ」
最後に豪快に笑った。戦争が終ったばかりの秋の話であった。
秋はあっという間に過ぎ去った。そして冬になった。時期は正月。その正月だった。
「おい」
彼は大晦日にまず女房に声をかけた。
「あれ、あるか」
「お酒かい?」
女房のシズは彼に顔を向けて尋ねた。
「それだよ。あるかい?」
「あるわけないだろ」
シズの返事は有無を言わせぬものであった。
「何もないのに何でお酒だけがあるんだよ」
「おせきも餅もねえのかよ」
「何もないね」
彼女は言った。
「すいとんとか闇市で貰ってきた乾パンとかならあるよ」
「それが正月の食い物かよ」
「仕方ないでしょ」
シズは文句を垂れる亭主に対してそう言い返した。
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