第一話 小さな町の売れない技師
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2度ではないし、いよいよ収入が無くなった時にお互い助け合ってきたのも何時もの事だった。
それでも、これまでは一度だって『出て行け』とは言われた事は無かったのだ。
それは、それ程足元の少女が追い込まれている事の証拠だと思った。
だから、ライドはザックの中に右手を突っ込むと、中から一つの魔石を取り出した。
「ネリイ。これを」
「……?」
ライドはしゃがみこんで赤毛の少女と視線を合わせると、少女の目の前に右手を差し出す。
「これは“光源”の魔石です。これ単体はありふれた物で大したお金にはなりません。それでも、今日一日の食費くらいにはなるはずです」
ライドの言葉にネリイは力なく魔石を受け取る。それは唯の石ころに見えたが、手のひらに移したそれはほんのりと暖かく、魔力がこもっている事が実感できた。
「僕はこれから仕事に行ってきます。帰ってきたら必ず今月分の家賃を払いますから、今はそれで勘弁してもらえませんか? もちろん、その石はこれまでネリイにかけてしまった迷惑料ですから、家賃には含みません」
ネリイはライドの言葉を聞きながら、何度も魔石とライドの顔を見比べる。
元々糸目の少年の営業スマイル。その内面を測れる程の付き合いもあるわけでもないので、その真意を図ることは出来なかったが、それでもネリイは頷きフラフラと立ち上がった。
「……わかった。今はこれで我慢する」
そして、しっかりと魔石を握ってライドに背を向けるネリイだったが、3歩ほど進んで立ち止まると、
「……『出て行け』なんて言ってごめんね……」
そう呟き、トボトボと去っていく少女の背を見ながら、ライドは立ち上がる。
「……さて」
その表情に浮かぶのは、先程までの営業スマイルでも、困ったような顔でもなく。
「いよいよこれで引き返せなくなったなぁ……」
本当の意味で一文無しになった、嘗ての流れ者の覚悟を決めた真剣なものだった。
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