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第一章
鹿
奈良県のマスコットは何か。もう言うまでもない。
鹿である。奈良公園の鹿だ。春日大社の神の使いでもある。
「可愛いわよね」
「そうよね」
「人懐っこいし」
修学旅行で着ている女子高生達が鹿煎餅をあげながらにこにことしている。
「奈良っていいわよね」
「いつもこんな鹿がいてね」
「羨ましいよね」
こんなことを言いながら鹿に餌をやっている。しかしだった。
その奈良の市民達は醒めている。そして忌々しげに言う。
「全くな。図々しいしな」
「何でも食うしな」
「しかもやたら食うしな」
悪食なうえに大食だというのだ。
「この前子供の弁当強奪してたしな」
「ああ、それしょっちゅうだぞ」
「それどころか公衆便所の紙食ってたぞ」
「雑誌もな」
とにかく何でも食うのである。
「何でもかんでも食うからな」
「食ってないわけじゃないのにな」
「何でなんだ?」
「何でそんなに食うんだ?」
奈良の市民達にとってはまさにそうした話だった。
「あの連中な」
「偉そうだしな」
「傲慢だしな」
こう言ってであった。皆それぞれ言う。奈良の市民達にとって鹿は非常に忌々しく鬱陶しい存在だった。観光客にはわからない話だった。
そしてその観光客達はだ。何も知らないまま話すのだった。
今度は小学生達である。子供達ににこにことして鹿とたわむれている。彼等も鹿については誤解している。鹿に煎餅をあげて食べさせている。
「美味しそうに食べるよね」
「そうよね」
「可愛いし」
「鹿っていいよね」
「そうよ。動物はいいものなのよ」
若く美人の先生も子供達に対して言う。
「動物と仲良くしなさいね。鹿ともね」
「はい、先生」
「わかってます」
「悪戯なんてしたら駄目よ」
先生はこのことも言った。
「絶対にね」
「はい、わかっています」
「そんなことしませんよ」
「絶対にね」
だがここで、だった。中学生と思われる一人の少年が彼等のところに来た。見ればその額には三日月形の傷がある。それはまるで。
「あっ、旗本退屈男」
「服着替えないんだ」
「着物だったらいいのに」
「子供なのに随分古いの知ってるな」
その少年は子供達の言葉に思わず突っ込みを入れた。
「旗本退屈男なんてな」
「それで何で来たの?」
「お兄ちゃんどうしてここに来たの?」
「諸刃流の修業でもしてるの?」
「ああ、退屈の虫が騒いだんだよ」
何だかんだで彼もそれに合わせる。
「それでここに来たんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
「それで来たんだ」
「鹿さんのところに」
「おう、それで言っておくな」
彼は鹿を睨んでいた。その目はあからさまな敵意
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