第1章転節 落暉のアントラクト 2023/11
貴方へ贈る物語:仄暗い情念
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いんじゃないんですかぁ? 奥さんはぁ、もう別人になっちゃったんでしょ〜? ………それを理解しているからぁ、貴方は涙を流すんですよねぇ?」
言われなくても理解している。
だが、この残酷な事実を如何に認めろというのだ。現状を打開できず、ただ意識が保つ限りを惰性で生きるしかない私には到底叶わない。こんな情けない姿を晒し、妻に置いて行かれるなど、その結末が訪れることをただ静観している現状を認めるなど、私には出来ない。
そうでなければ、私に剣を握れる力さえあれば、妻を繋ぎとめられる術さえあれば、こんな寂れた酒場で思考が堂々巡りに陥ることなどなかった。こんな惨めに涙を流すこともなかった。言葉の責め苦は毒のように染み渡る。それだけに見ず知らずの彼女の発言は真を射抜き、心を砕き得る鉄槌と化していた。
「………勘違いしているかもですけど、わたしは貴方が悪いとは思ってないですよぉ?」
涙で僅かに霞む向こうで、彼女は不思議そうに小首を傾げる。
脈絡を無視したような発言に困惑してしまうものの、彼女はそんなこちらの様子など気に留める意思さえないとばかりに話を始めてしまう。
「本当に死んでしまうかも知れない世界で剣を持てないのは弱いからじゃないですしぃ、仮に圏外で戦えるとしても旦那サマを見ぬフリする時点で奥さんは既に貴方を見ていないでしょうねぇ〜。悲しいですけどぉ、きっと、このまま生還したらぁ、貴方は以前のように奥さんと一緒には居られないと思いますよぉ? もしかしたら、奥さんは今と同じように貴方を見捨ててしまうかも知れないですねぇ〜。困っちゃいますよねぇ〜?」
より踏み込んだ推測は、本当に私の実情を知悉しているかのように正鵠を得ている。
しかし、それだけは断じて認められない。可愛らしくて従順だった妻が私の下から去っていくなど、斯様な不幸に耐えられるだろうか。
苛まれる私を見て、彼女は何を思うだろうか。正しく現実を突き付けるフードの彼女は、どのような表情で私を見ているのか。恐ろしくて堪らない。まるで何もかもが敵になったような心地さえしてしまう。
そんな私を見てどう思ってか、フードに覆われた頭がゆっくりと耳元に迫った。仄暗い陰が間近に寄る光景には、これまで痛烈に心をいたぶられた事による恐怖があった。それと同じくらいに、その接近を待望する感情。正常な思考であれば、それを《期待》とも表現できるような感情があり、その板挟みにあった仮想の肉体は退避と静止を同時に命じられ、しかしその結果として身震いのような奇怪な動作で落ち着く。故に、フードから漏れる幽かで柔らかな笑声が耳朶を撫でた。
「それでも貴方はぁ、身勝手にも貴方を見捨てた奥さ
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