第1章転節 落暉のアントラクト 2023/11
貴方へ贈る物語:仄暗い情念
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で唇が開いた。
「そのままの意味ですよぉ。思わず独り言にお返事しちゃいましたけどぉ、死が怖いのは誰だっておんなじなんですぅ。そんな中で戦える余裕があるんでしたらぁ、わたしなら先ず愛する人を慰めますねぇ〜」
「………どこまで聞いた?」
「さぁ〜、どんなお話なのか、全部は分かりませんもの〜」
自身でも、胸中を無意識に呟いてしまうほどに精神が擦り減ってしまっていたのか。
羞恥に駆られた問いは呆気なく躱されて、代わりにおどけるような仕草ではぐらかされる。
しかし、彼女の言葉からは少なからぬ妻への糾弾が聞き取れた。見知らぬ何者かから愛する妻への讒言は本来ならば聞き逃せるような仕打ちではないが、どうにも今日は疲れているらしい。若しくは、魔が差しているのだろう。そのまま、二の句を聞いても良かろうという気持ちがあった。
「………つまり、私の妻は、君から見て不躾だとでも言うのかね?」
「ヤですねぇ〜、そんな悪口言いませんってば〜。ちょっぴり強かな奥さんだなぁって思っただけですよ〜」
強か。目の前のフードの言葉に意識が向く。
妻はアインクラッドに囚われてから大きく変わっただろう。しかし、何か野心を秘めて剣を握っているというようには見受けられない。多少の性格の変貌はあったかも知れないが、それでもまだ愛しい妻の片鱗は確かに残っている。
まるで、そんな妻に何か良からぬ腹積もりがあるような、棘のある言葉に思わず背筋を怖気が走った。
「君は、何を以て妻を強かと評したのか、聞かせて貰えるかい?」
私の何度目かの問いかけに、フードの下の唇は僅かに微笑む。
「だってぇ、貴方がこんな酒場に独りで居ること自体がそもそもおかしいんですよぉ。一人で怯えているのに、奥さんは自分だけですものねぇ? 傍に居てもぉ、お互いはこんなに違う。それは全部、奥さんが一人で強くなっちゃったからでしょう? 貴方を放ってぇ、貴方を無視してぇ、貴方を蔑ろにしてぇ、踏み出せない貴方を置き去りにしてぇ、どんどんとその距離は遠くんですぅ」
一言毎に重圧の増す響きは、一拍の間を空けられる。
鉛のような沈黙は疼くように心を責め立てた。そして、死刑を執行するように、無慈悲な問いかけとなって投げ掛けられる。
「そうして遠くへ行ってしまった奥さんはぁ、そのお互いの間に出来た溝を理由にしてぇ、貴方をどうするんでしょうねぇ?」
「………妻との絆を、愛を、否定したいということか」
「絆、愛、素晴らしい言葉ですねぇ。でもぉ、それは双方が認識しあって初めて成立する不明瞭な存在じゃありませんかぁ?」
「黙れ! 知った風な口を利くな!?」
「貴方がどんなに耳を塞いだってぇ、現実はそんなに優しくな
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