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戦国御伽草子
肆ノ巻
御霊

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 私は、十三年前に徳川家の姫として産まれた。



 生まれ落ちて、最初に聞こえたのが、兄上の声だった。



 赤子の頃の記憶など、普通ならあるわけもないが、不思議と私は断言できた。確かに、この時「聞こえた」と。



「この子の名は、(はる)としましょう、母上!」



洪一郎(こういちろう)。…あなた、父上よりも先に入って来たの?もうこどもでは無いのだから…みんなあなたに甘くて困るわね」



 そう零す母上の声も慈しみに満ちていた。兄上は、本当にみんなに愛されていた。



「赤子の命名は男親がするものですよ。父上の許可は取りましたか?」



「父上は好きにしろとおっしゃっておりました」



「まぁ…あのひとも仕方が無い人ね…いいでしょう、この子の名は悠としましょう」



「聞いたか、悠。俺がおまえの兄だぞ。これからよろしくな」



 そう言って握られた手を、私はずっと忘れない。



 私の名は…悠…。



 いつからかわからない、私は、そんな兄に恋をしていた。



 兄上は、本当に兄らしく、嫡男としてお忙しいのに私とよく遊んで下さった。数多居る兄弟を分け隔て無くかわいがって下さった。その愛情は、決して兄の域を出ないものであったけれど、私は幸せだった。



 兄上には側室が沢山いたけれど、その誰もが兄上の特別な人間には成り得ていないようであったし、明らかに兄上はその側室達よりも、私たちを大切にして下さったから。



 そう、そんなお飾りの側室などどうでも良かった。徳川家の嫡男という立場を、兄上も私も、良く理解していた。婚姻は、家同士が結ぶものだ。私だって、そう遠くないうちに、どこか徳川の利となるところへ、人質のようにして嫁に出されるのだろう。



 だから、それまでは、せめて、側にいたい…。



 私の兄上への想いは、日増しに募る一方だった。



 けれど、伝えることはできなかった。



 私と兄上は義理の兄妹ではあるけれども、兄上の想いは、私の想いとは違うものだったから…。



 それに私は、兄上に本当に愛する人がいないということに安堵し胡座をかいていた。兄上が正室を迎える様子が一切無いことも、私の慢心に拍車をかけた。



 兄上は、いつまでも、私だけの兄上だと思っていた。



 でも。



 ねぇ、それなのに何なの?



 何故、兄上はそんなに嬉しそうなの?



「前田の瑠螺蔚(るらい)姫…」



 兄上が零したその言葉を、私は噛みしめた。



 前田の瑠螺蔚姫。



 前田の瑠
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