第6章 流されて異界
第140話 蛇神顕現
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その時、粘ついた冷たい空気が揺れた。
そう、風が吹いていたのだ。闇と死臭さえ含むその風が、冬枯れの枝を震わせ、硬い樹皮に覆われた幹を凍えさせ――
そして、蒼く変わって終った俺の前髪を揺らした。
「我、木行を以て――」
叫ぶように、謳い上げるように、独特の韻を踏みながら紡ぐ呪。
乱れる呼気を無理に沈め、荒れ狂う動悸も仙術の基本で抑え込む。それで無くても光を失った暗闇から感じるのは冷たく、妙に湿った大気。ぬめぬめとした何か得体の知れないモノが表皮の上を這いまわっているかのような、非常に気味の悪い状態。
しかし、同時に心の片隅に別の疑問も思い浮かべる。
曰く、弓月さんの心遣いが、彼女の優しさだけから発した物ならば問題ない、……と。
無償の行為。彼女自身に何の考えもなく、自然と俺の手助けをしてくれた。その可能性の方が高いと考えながら、それでも、別の可能性を考えて仕舞う自分に軽く自己嫌悪。
正にその瞬間!
強い眩暈にも似た感覚により一瞬、姿勢が揺らぐ。それに、まるで空気自体が震動するかのような微かな耳鳴り。視覚を奪われる事により、普段以上に研ぎ澄まされた感覚がこの異常事態をいち早く伝えて来る。
これは――
「失われし肢を再生せん。生えよ!」
先ずは左腕。その後、再生した左腕で導印を結び、より完成度の高い右腕を再生する。
そう、この異常な気配は間違いなく地下から発生する何か。いや、当然、現実世界の地下と言う訳ではない。それは象徴的な意味での地下と言う事。
高坂の中央公園に植えられた樹木。その木に綺麗な筋肉の断面を見せているはずの両の腕を当てて居る俺。
爪先に感じるのは太く張った根。其処で足場を固めるかのように両方の足に力を入れ、裂帛の気合いの元――
強いイメージ。太い幹から腕を引き抜く。本来、存在していないはずの斬り跳ばされた部分から先の腕を強くイメージしながら。
その瞬間!
「始まったようですね」
這い寄る混沌の分霊が短く呟く。その言葉と同時に目の前の樹木から引き抜かれる仮の左腕。
そして――
引き抜いた腕の勢いに負け、そのまま尻もちを搗く俺。いや、原因はソレばかりではなかった。
上空を覆って居た闇。月や星の光を遮り、等間隔で並ぶ人工の灯りさえも穢し続けていた闇が、その瞬間――
――崩れた。
そう、正に崩れた。そのように表現する事しか出来ない事態。高く層を織りなすように存在していた闇が崩れ、その結果、低空域でより密度を増した闇が、螺旋を描くように徐々に一か所へと集束して行く。
そして、同時に感じる地鳴り。まるで地下の深い、深い場所から響いて来るかのような不気味な地鳴りが全身を駆け巡り、空気自体が震えるような耳鳴
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