圏内事件 ー終幕ー
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呆然としていたグリムロックは、ヨルコさんの言葉に反応を示したかと思えば掠れた声でく、くと笑った。
左手を振り、メニューウィンドウを呼び出したかと思えば大きめの革袋がオブジェクト化され、それを持ち上げ、無造作に地面に放った。 ドスンという重い響きに、澄んだ金属音が幾つも重なった。 中身が大量の金貨だろうか。
「これは、あの指輪を処分した金の半分だ。 金貨一枚だって減っちゃいない」
「えっ?」
戸惑った表情を浮かべるヨルコさんを見上げ、次いで私へと視線を移すと乾いた声で言った。
「金のためではない。 私は……どうしても彼女を殺さねばならなかった。 彼女がまだ私の妻でいるあいだにだ」
墓標へと視線を向けた後、鍛冶屋は戸惑う私達を他所に独白を続けた。
「グリセルダ。 グリムロック。頭の音が同じなのは偶然ではない。 なぜなら、私達はSAO以前から同じPNを使っていたからだ。 そして、システム的に可能ならば必ず夫婦だった。 なぜなら……私達は現実でも夫婦だったからだ」
全員が少なからず驚愕の色を表し、息を呑んだ。
「グリセルダ……いや、ユウコは私にとって一切不満のない理想的な妻だった。 可愛らしく、従順で、ただの一度すら喧嘩をしたことがなかった。 だが……彼女は、この世界に囚われてから、変わってしまった……」
グリムロックは小さく息を吐くとまたツラツラと独白を再開し始めた。
「……デスゲームに参加させられ、怯えたのは私だけだった。 彼女のいったい何処にあんな才能が隠されていたのか……ユウコは着実に力をつけ、私の反対を押し切り、ギルドを結成し、メンバーを募り、鍛え始めた。 側で彼女を見ながら、思い知ったよ。 あぁ……あの従順だった妻はもう帰ってこないのだろうってね」
男は小さく肩を震わせた。 それが自嘲なのか、悲嘆なのかはわからない。 だが、今度顔を上げると私達へと悲哀の視線を向けた。
「……君たちには、分かるまい。 妻と肩を並べ、戦うことことすら出来なかった夫の惨めさを。 同時に私は畏れた。 もし……もしもこのゲームがクリアされ、現実へと戻った時に、ユウコに離婚を切り出されでもしたら……そんな屈辱、私には耐えられない。 だから……だからこそ、彼女が私の妻でいるあいだにユウコを永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろうか。 いや、きっと出来はしないだろう」
長くおぞましい独白が終わっても誰も言葉を発しようとはしなかった。 ただ唯一キリトが体を震わせながら言葉を発した。
「屈辱……だと? 奥さんが、言うことを聞かなくなったから、そんな理由であんたは殺したのか?」
今にも斬りかかりそうな激情に駆られているキリトをグリムロックは視界の端に捉え、囁いた。
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