暁 〜小説投稿サイト〜
藤崎京之介怪異譚
外伝「鈍色のキャンパス」
I.Ouverture
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 ある日、大ホールでオルガンの演奏試験が行われた。そこには、俺を含む十人が集められ、目の前には三人の教授の姿があった。
「課題は伝えてあった、バッハのトリオ・ソナタ第四番第一楽章と、各自自由選曲を一曲。十分以内で終えるように。では、山本君から。」
 今回の試験で選ばれたのは、バッハが長男ヴィルヘルム・フリーデマンの教材用として編纂した6つのトリオ・ソナタからだ。
 ここで手渡された楽譜には装飾音が一つもなく、自身で考えて付けていかなければならない。それが今回の課題と言っても過言じゃないだろう。
「宜しい。次は笹岡君だな。」
「はい。」
 笹岡と呼ばれた青年は俺と同い年だ。だが俺とは違い、オルガンのみを専攻している。
 この笹岡なんだが…どうも俺を敵視しているらしく、ことあるごとに張り合おうとしているのだ。俺には理由がさっぱりなんだが…。
「そこで止め。」
 笹岡が演奏を始めて二分ほどして、不機嫌な声で大西教授が演奏を止めた。周囲は多少ざわめいたが、それは宮下教授が制した。宮下教授も笹岡の演奏には不満があるようだ。
「笹岡君。君は何をどう表現したいんだ?」
 大西教授にそう問われ、笹岡は顔を強張らせた。何故なら、この試験は力量を見るためのものであり、この時点でどうこう判断を下すものではないのだから…。
「教授、私はバッハが…」
「君のそれはバッハの考えを模しているのでなく、藤崎君の考え方を模している。ライバルがあるのは良いことだが、そのために自らの考えが曲がるは宜しくない。分かっているんじゃないか?」
 そう言われた笹岡は暫く黙していた。そしてその後、彼は席を立って言った。
「私はただ…オルガンを演奏したいだけです。失礼します。」
 彼はそう言うや演奏席から降り、そのままホールから出ていってしまったのだった。
「大西教授…そこまで言わなくとも…。」
 隣にいた教授がそう言うと大西教授はバツの悪そうな表情を見せたが、そこへ宮下教授が口を挟んだ。
「大西君の言ったことは間違っとらん。笹岡君には笹岡君の良さがあるのだよ。それを他人の真似事で壊してはならんのじゃ。彼ならば…きっと解るじゃろう。それを自らの内で理解すれば、彼はかなりの実力者となりうる。」
 三人の会話は丸聞こえ…。そうして俺を誉めてくれるは良いが、こうまで言われると嫌味にしか聞こえないけどな…。
 確かに、笹岡は俺の演奏を模していた。一部の装飾音が欠落してはいたが…。
 だが、俺は彼の自由演奏を聴いたことがあるが、それは他人を模す必要などない素晴らしい演奏だった。
 それが…何で俺なんかの真似を…?俺だってまだまだ修行中の身なのだから、そんな一学生の演奏を模したところで自分の糧になるとは到底思えない。
 そんな俺の思いを余所に、試験はそのまま進行してい
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