8部分:第八章
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第八章
「ああ、恵理香ちゃん」
その難しい脚本家が出て来た。彼は料理の達人で何かと問題発言をすることでも知られている。アンチ上等というスタンスでも知られている。
「この場面だけれどさ」
「はい」
収録は恵理香がやっているウェイトレスが組織の幹部に襲われる場面であった。
「できるだけね。逃げ回って」
「逃げ回って、ですか」
「そう派手にね。予定じゃ少しだったけれど相当やるから」
「あれっ、殴られて気絶なんじゃなかったんですか?」
「ちょっと変えてみたよ。山本ちゃんの話もあったし」
「山本ちゃんの」
「そうなんだよ。ここはもっと君の出番を増やして欲しいって。俺もそれでいいと思ったし」
「それでいいんですか?」
この脚本家がストレートにそれを通したということがかえって信じられなかったのだ。恵理香は歴代のヒーローを見てきて彼についての話も結構聞いているからだ。
「うん、君の迫真の演技を期待するよ」
「わかりました、じゃあ」
それを受けてあらためて気合を入れる。
「やらせて下さい」
「よし、じゃあやるよ」
「ええ」
こうして収録に入った。恵理香は気合が入っていたこともありその場面は見事に決まった。後でこうした演技が彼女の女優としての評価につながっていくのであった。
「やったわね」
その日に収録された番組がテレビで放送された時に山本が隣で恵理香に囁いてきた。二人は今休日に二人でマンションのテレビを観ていたのである。
恵理香はライトグリーンのショーツに同じ色のタンクトップ、山本は白いカッターといった起きたままの姿であった。山本のスラリとした白い脚の奥にさらに白いものがちらりと見え隠れする。恵理香はその見事な脚を惜しげもなく曝している。ソファーに並んで座ってテレビを観ていた。
「かなりいい演技じゃない」
その場面が終わってからまた言った。
「これ評判になるわよ」
「そうね」
恵理香はコップに注がれた牛乳を飲みながらそれに応えた。山本はその手にイチゴのジャムが塗られた食パンを持っている。食べながらの鑑賞であった。
「何かネットじゃあたしの評判あがってるんだって?」
「そうよ」
山本はその言葉にこくりと頷いて答えた。
「鰻登りよ」
「まあそれが実力よね」
「こら」
その言葉はすぐに嗜めた。
「またそうして調子に乗るんだから」
「御免御免。けれどさ」
ここで山本に顔を向けてきた。
「何?」
「山本ちゃん頑張ってくれたんだね。このシーンで」
「別に頑張ってはいないわよ」
その言葉に静かに返した。
「頑張ったのは貴女じゃない。何言ってるのよ」
「違うわよ。この場面脚本家さんに頼んで入れてもらったんでしょ」
恵理香は言った。
「あたしの為に」
「まあね」
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