暁 〜小説投稿サイト〜
トンデケ
第一話 声
[2/5]

[1] [9] 最後 最初 [2]次話

 涼風が窓のくもりをふき払ってくれる。
 百香はふぅ〜と息を吐きながら顔を湯に沈めた。
 ぶくぶくぶく、泡を立て急浮上。
 頭から滝のように湯が落ちて、目が開けられない。
 両手で顔のしずくを払い、ようやく目があいた。
 激しく波打つ水面。両乳房が荒波に揉まれ、百香はちょっとエッチな快
 感に浸っていた。
 

 
 今日は午後からラジオの収録がある。
 と言っても、圷 百香(あくつ もか)の本職は絵本作家である。
 彼女の絵本は、読んでやると子供がすぐに寝付いてくれるという魔法の
 ような絵本らしい。
 それが噂を呼び、新聞や雑誌で取り上げられるや、間もなく大ヒットした。
 作家本人がテレビ番組に呼ばれるようになると、今度は、そのルックスと
 美声でたちまち注目を集め、今では地元ラジオ局で番組を持つほどの有名
 人だ。
 なかなかマルチな才能に恵まれた彼女であるが、天は彼女に二物どころか、
 あるとんでもない能力までオサズケになった。
 まあ、ここではあえて触れないでおくが。

「じゃあね摩周、お留守番よろしくね。行ってきま〜す。」
 
 摩周は口で返事する代わりにしっぽを振って「バイ・バイ」。
 百香にとって家族と呼べるのは彼だけ。
 両親を早くに亡くし、兄弟もいない彼女は、二十二歳まで祖母の家で
 育った。
 美大を出たあと独立、東京にある広告会社で十年ほどOLをしていたが、
 なんのためらいもなく、いきなり辞めてしまう。
 そして一念発起、カルチャースクールを経て、絵本作家に転身した。
 性格もルックスも悪くない彼女だが、なぜだか三十八を過ぎて未だに独身。恋人もなし。
 が、いまのところは特に不自由もなく、婚活する気もない。
 この海の見える小さな平屋で摩周とつつましく生きる彼女は、現状に充分
 満足していた。
 
 午後1時すぎ、桃色のキュートな軽自動車が三階建てのビルの屋上へ駆け
 上がり、広々としたパーキングの枠内へ頭から滑り込んだ。
 毎週火曜のこの時間、百香はラジオの番組収録のため、このショッピング
 モールへとやってくる。
 以前は、近くにある局内のスタジオで収録していた。
 実を言うと、百香は閉鎖的な空間が大の苦手。
 だが、古い局内にはその手のスタジオがほとんどだ。
 彼女の耳は異状なほど敏感で、防音壁で密閉されたスタジオに長時間こも
 ると、鼓膜に負担がかかり過ぎて、気分が悪くなるのだ。
 そのため、今はモールの一角に設置された生放送用のスタジオを使わせて
 もらっている。通路側の窓ガラスからスタジオ内が丸見えで、収録中、通
 りすがりの買い物客が覗きこんだり、若者たちが手を振って騒いだりする
 こともある。一見、落ち着きのない現場の
[1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ