暁 〜小説投稿サイト〜
逆さの砂時計
Side Story
少女怪盗と仮面の神父 6
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コットとしては「くらげをウリにしたって人や物は集まらない」と早々に放置された哀れな経歴の持ち主ではあるのだが。
 「ただいま、くータン!」
 ベッドに飛び乗って転がり、引き寄せたくらげタン人形のカサへ顔を擦り付ける。
 布自体は柔らかでも滑らかでもないが、みっちり詰め込んだ綿にふんわりもこもこと押し返される感覚はなんとも心地好い。
 「ああー……癒されるぅー……」
 すりすり、すりすり。
 殺風景な部屋を飾る唯一の華を思う存分愛でて……くらげタンに埋まったまま くわっ! と目を開く。
 (……あ……危なかった……。癒し効果で、必要な準備まで忘却の彼方へ吹き飛ばすところだったわ!)
 帰って来たのは癒される為ではない。夕方の『戦』に万全を期す為だ。
 非常に名残惜しいが、くらげタン人形を枕元に置き、紺色の絨毯へ足裏を降ろしてのそのそと立ち上がる。
 雇い主と同じ作業服のままでは話にならない。
 クローゼットを開いて中を漁り、持っている服の中では一番女の子らしい薄黄色のワンピースを取り出す。
 偶然隣に掛けてあったネグリジェの破れた裾を見て無性にイラッとしたが、今はどうしようもないので、そのままそっとしておく。
 手早く着替えて作業服を仕舞い、下方に三つ積んである蓋付きの箱の一番上を開いた。
 中身は、ワンピースと同じ色の花飾りが付いた可愛らしい女物の靴。
 街への買い物やお祝い事がある時に着なさい、と言ってハウィスがくれた一式だったが……
 「こんな風に着るとは思わなかったよ。ごめん、ハウィス。親不幸者で」
 手にした靴を揃えてクローゼットの外側に置き、代わりに脱いだ靴を空箱の上に乗せて扉を閉める。
 後は夕食の時間に合わせて化粧と髪を整えれば、外見の準備は終わり。重要なのは此処からだ。
 カーテンと窓を開け放ち、強めに吹く海風を室内と体内に呼び込む。今尚明るい空を見上げ、目蓋を閉じてから深呼吸を数回繰り返し……唇を引き結んだ。
 (私は折れない。私は挫けない。私は誰より優れた足で駆ける風。弱き者の幸福を祈り、ひび割れた大地の崩落を深い根で繋ぎ止める葉「シャムロック」!)
 怪盗がどんな場面に出会しても冷静に動けるよう、仕事前に必ず行う自己暗示。
 そして、脳内で描いておく何通りもの未来予想図。
 顔見知りに囲まれた『戦』まで数時間。今回は特に強い意思と鮮明な可能性の構築を必要とする。極限まで集中力を高めておかないと、僅かでも迷いを残せば命取りになるだろう。
 (夜の闇に偽りを纏え。人の目に、飾られた花の姿を焼き付けろ。目的はただ一つ、指輪の奪取!)
 覚悟は決めた。最早どんな恐怖も罪悪感も、怪盗の足枷にはならない。
 「……あんな奴らに、壊させたりしないからね」
 窓枠に両手を預け、海へ向かってなだらかな
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